Interview with SUDA 51

世界に異常なまでに創造性あふれるゲームをつくる集団がいくつかある。そのひとつは間違いなくグラスホッパーマニファクチャだ。その創設者である須田剛一は、純粋に最高のコンピューターゲームを作ることを志す者であるが、生み出される作品には常軌を逸したたとえようもない不気味さや怖さ、安らぎ、作中に常に流れる微妙な脱力系の笑いといい、とにかく不穏。そして確かにTVゲームでしか味わうことのできない道の神髄を切り開いている。彼らは家庭用ゲーム機のソフトをこそ、ただの遊びではない、のっぴきならない危険で鋭いそして深みのあるものとして発表してきた。一言でいえばくるっている、そう評されたりする。今ある最強のアートフォームゲームだという指摘はあながち間違いじゃあないだろう。グラスホッパーはおそらく意図的に、異常なものを日常の中へ、資本主義のルールにのっとったまま、浸透させている。TVゲームの持つ、音と光とシナリオとプレイヤーとの相互完成の生み出す幻視のような別世界へいざなう強制力は、深い瞑想や幻にも似ている。1990年代に発表された『トワイライトシンドローム』、『ムーンライトシンドローム』、『シルバー事件』、これらの作品は、あらゆる表現媒体を含めても、ゲームという枠を超えて、形容しがたい深刻なショックを一部の人たちに与えた。「果たしてこれがゲームと呼べるのか?」プレイヤーはそれほど、異様な体験をしたはずだし世の中の何かとんでもない破壊が行われているという実感があったはずだ。そして、なぜ破壊する必要があるのかについては、おのおのがすでに知っていたはずなのだ。たとえばあの『新世紀エヴァンゲリオン』の放送開始時がそうであったようにだ。ただ少し違うのはアニメや漫画の築いてきた歴史よりもゲームの歴史が一見して重みがなく暇つぶしの遊びとみなされることだが、今や強力なアートフォームであるアニメや漫画も、かつての歴史の浅さから軽視されてきたことを考えれば、そんな偏見も次第に意味をなさなくなるだろう。もっとも、そういう軽視されている時期にこそ、非常識で最高の作品が生まれる可能性は高いのかもしれないのだが・・・。あくまでも一部の熱狂的なファンの間での伝説として語られてきたグラスホッパーだが、ゲーム業界内の作り手たちの間での評価は非常に高く、マニアな業界人の支えもあって、無謀なほど変な作品を連発してきた。会社創設10年目を迎えた2008年、『killer7』、『NO MORE HEROES』が、海外を中心にまともにヒットしてその熱狂的なファンが急増している。不可解で過激な異常性の高いゲームの本場といえば欧米だが、須田の手掛けるゲームは、それらのどれとも似ていないそして群を抜いてオカシイ。日本でしか生まれえなかったであろう、独特としか言いようのない、異物感のあるゲームが次々と生み出されたこの10年。ここに須田剛一はいろいろなことを話してくれた。

S:須田剛一
E:Ekusadataganawi

〈 須田氏登場 〉 

E:
今日はインタビューさせていただき、ありがとうございます。まずは本当に、そのシャツにやられています。

S:
今日おろしたばっかりなのですけどね。 

E:
カートコバーンのTシャツで登場とは・・・。僕の想像を絶してたので。

S:
気を抜くとカートも一緒に腹が出ちゃうんですよ。

E:
僕はずっと『ムーンライトシンドローム』のころからすごくショックを受けながらやっていたのですが、作っている本人やインタビューを見たことがない状態でずっと、作品、つくっているゲームだけで心のやり取りをずっとしていたんです。風貌にしてもその好みにしても、いろいろな想像はしていたんですが、ゲームから伝わる印象でまさかカートコバーンのTシャツが出てくるというのが想像つかないけれども、そうして出てきたことで逆にもう、うまく言えないですが非常に納得できましたね。

S:
そうですか 

E:
カートコバーンは好きですか? 

S:
普通に好きですね。

E:
普通に好き・・・

S:
普通に死んだときショックを受けたりしましたから。ちょうどゲームを、ファイプロを作っていたんですが。

E:
『ファイヤープロレスリング』ですか? 

S:
そのストーリーも主人公が死ぬんですが、猟銃で自殺するというセッティングでファイプロファンからすごいバッシングを受けて、ネットでいち早くたたかれました。

E:
まだネットが盛り上がっていない時代に。 

S:
そうですね。まあ、音楽としてはグランジも好きですし、どちらかというとUKのポストパンクが好きですね。パンクのその後の音楽はずっと聞いていて、そこが僕のコアな部分ですね。

E:
いやー、イギリス方面のパンクの話は友達からも聞いたことがあったんですが、そこからカートコバーンまで行っていたというイメージが僕の中になくてびっくりしました。

S:
僕はアメリカの音楽はあまり聞かなかったんですがグランジが出た時はもう普通にかっこよかったんで。 

E:
普通に(笑)

S:
ギターの音とか、あとニルヴァーナもそうですが、アルビニのプロデュースワークがすごくよくて、そこはずっとおっかけていたので。 

E:
僕も最近、前もカート・コバーンの音楽好きでしたが、またよく聞いていたもので、まさにここ一週間くらい聴いていた音楽だったんです。全然関係なく、何も考えずにYouTubeとかで、カートコバーンやニルヴァーナを今見たらどう思うだろうと思ってみてみた時に、それをすごく堂々と着ていたから(笑)

S:
僕はヒステリックグラマーが好きなのですが、まさに今年からカートコバーン特集なんですよね。それで洗いざらい買っているんですけどね。

E:
(笑)ちょっと期間が開いているじゃないですか、その絶頂の時から。でなぜかカートコバーンを僕もまた今みたいと思い出してみたんですよね。 

S:
そういう周期ですよね。

E:
なんか周期がきたかなーという気がしてきました。僕も。まずそこにびっくりしました。かっこいいです。


〈 都市観 〉

E:
僕がまず須田さんにお伺いしたかったのが、須田さんの都市観です。須田さんのゲームには、すごく表面的な意味でも都市が出てきますよね。その東京の感覚というか都市の感覚が、俺が今まで見たことがない感覚というか、実写でも漫画でも見ることのない、空虚感のあるような、音やイメージがあるなあと思っていて。まず気になったのは、須田さんの出身地はどこなんだろう?ということ。その風景がすごく表れているから、どこからその風景がきたのか気になっていたのですが。

S:
長野なんですけど。7歳か8歳、いやもっと前かな、6歳くらいの時に千葉に来たことがあったんですね。

E:
千葉ですか。それはまた濃いところですね。

S:
東京ではないんですけれども、その1年間にすごく影響を受けました。民放が5チャンネルあって。その頃長野は2チャンネルしかなくて東京の5分の2の情報しか入ってこなくてすごく薄いんですよ。それがその1年間で倍以上の・・・。もうたまらないくらいテレビが好きになりました。たまに東京とか連れて行ってもらうじゃないですか。その時の風景がやっぱり、未来都市の雰囲気がしたんですよね。それこそ手塚治虫の漫画に出てくるメトロポリスの感覚で会ったり、そういう昭和の未来都市のイメージが僕の頭の中にこびりついている。その後高校を出て東京に出てきた時に、実際現実としてみた東京とのギャップを埋めようとする感覚とか。なんというか、作品の中で描きたいのは「居場所探し」のようなところがあって。それは友達でもないし、行きつけの居場所があるわけでもないし、どこにも俗世ないんですね。その俗世ない感じも自分は好きなんですよね。

E:
自分も好きですね。

S:
どこかで分かっているんですよね。属せないっていうことも。若い頃はそれなりに、反発じゃないですが、過度に反応するじゃないですか。そういうものをなんとなく、都市のイメージの中で描いていったり。犯罪者を描くことが多かったんですが、彼らがなぜ犯罪を都市の中で犯すのか。自分からその世界に没入していったときに、やっぱり場所探しだったりするところから、彼らの居場所がどこなのかというところから都市を描いていました。だから、犯罪する人間の行為そのものではなくて、彼らがなぜそういう流れになって、都市の中でなにを考えたのかというところから何か物語を生んでいく、考えて
行くという行為が多いので、そういう意味で僕の中では都市観というのは強いですね。

E:
今聞いていてドキッとしたのですが、最初に行ってたのが千葉だというところもすごいきてる気がしますね。東京のど真ん中ではなくて、わりと郊外というか周辺のところから見た、東京の廃墟っぽさという遺跡っぽさというかがありますね。東京を俯瞰できる場所、居場所がないところに降り立っているのが、俺が須田さんのゲームをやってきて感じている、その独特の外れている感じ、安心させてくれない感じを出している気がしますね。すごく不安な気持ちにさせられたりとか。

S:
そうですね、そこはプレーヤーとの緊張感だと思うんですけどね。

E:
緊張異常にありますね。

S:
僕は、正攻法的にシナリオを学んだことがなくて、学ぶつもりもなくてですね。ストーリーテリングというのは、対話の戦いだと思っているんですよ。プレイヤーが何を考えているのか考えてシナリオを立てていく。そして、プレイヤーが今こんなことを考えているのかというのがというときにあえてその緊張感を崩すこともする、そこで気持ちよくさせるという意味もあるんですけれど。

E:
すごく居心地の悪い不安感を感じつつも、それが気持ちよくなってくるというか、それがわざとやっているのか天然でそうなのかというのが僕は見抜けないで「この人は本当はどっちの人なんだろう」と思ってたんですけれど、今聞く話では、その辺はかなり意図的なんですね。

S:
いや、両方だと思いますね。

E:
両方。

S:
自分でもコントロールできないことがあるんですよ。勝手にキャラクターが走っちゃうみたいなところがあって。僕は何もできないんだけどただ描くのみ見たいな。でも、そういう風に感じてもらえると嬉しいですね。感無量ですね。

E:
自分の友達にも何人か、ずっと初期の段階からすごく反応している人たちがいて、その人たちがやっぱりモノをつくる人なんですね、そういう人にすごく響いていくなというのがありますね。

S:
ゲーム業界の中でも、作っている人たちにすごく支持してもらって、支えられていますね。

〈 マーケット 〉

E:
僕がゲームをやっている感じだと、須田さんの作るゲームって、仕事でそのお金でというよりは別の、そういうものを超えている気がするんですよ。僕は絵をやっていますし音楽もやっていますけどそういうジャンルを超えたレベルでの、何か作っているパワーを感じていて、それが生まれて来た理由をちょっと知りたいんですが。


S:
やっぱりゲームって工業製品じゃないですか。なので当然ビジネスにならなくてはいけないんですけれども、結構、根源的なところで、ビデオゲームをなぜ自分が作っているんだろうかというところを考えるんですよ。

E:
いやー、そういう気がしていました。

S:
結局多くの人にやってほしいじゃないですか。テトリスやインベーダーという風に生まれたものは、あれはお金儲けするために作ったものじゃないですよね。多くの人たちにこの新しい発明みたいなものを触ってほしいという所からスタートしているので、僕が作るものも、今あるマーケットで今ある市場性の中で高い利益が生まれるという事ではなくて、ただ多くの人たちが遊べるものを作らなければ、まずビジネスの成功云々の以前にビデオゲームとしては堕落してしまうのがあるんですね。自分が作るものっていうのは発明でありたいんですよ。できるかぎり。

E:
発明

S:
ですので、誰も考えていないことをとにかくやるというのがまず大切なことですね。チャンスがあればですけど。パブリッシャ―あるいはクライアントさんからそれはだめだって言われたら他を考えるしかないですけど。ありがたい事に結構うちの場合はフリーテーマで作らせていただけるというのと、「新しいものを作って下さい」といってもらえるケースがあるので、そこはなるべく初期衝動だけで作るようにしていますね。だからそういうにおいがすると思います。やっぱり、ゲームなんですけど、絵画や活字、映画等あらゆるアートと呼ばれるものと戦えるものでありたいというのがあるんですね。

E:
そうですね、本当に。

S:
そういう自由なゲームを作れるときは、毎回かなり根性入れて構想を作ってますね。


〈 声明文としてのゲーム 〉

E:
自分は小学校の時からゲームを始めて、本当にゲームが好きでいろんなゲームをやってきたつもりで入るんですが、須田さんのゲームは明らかに発している空気が違って、最初本当に戸惑ってんですよ。

S:
そうですね。自分で考えても変なものを作ってきたなと思いますね。

E:
『ムーンライトシンドローム』を初めてプレーしたときには、よくわからない、錯乱状態になってしまって「こんなものは発売していいんだろうか」って思って。でもそのくらい「この人はとんでもないことを今の世の中でやりはじめている」というか、「やってきた人がいるんだな」というのを知りました。

S:
怒られましたもん。部長からも随分。

E:
怒られますよね。

S:
「何のつもりなんだ」って。ちょうど酒鬼薔薇事件が起こっているんですよね。結構自主規制した表現があって、その前は結構えげつなかったですけどね。その後リリースしたものもそれなりにインパクトがあって、「お前は何を作ろうとしてるんだ」って。

E:
どこへ向かってすすんでいこうとしているのかとか、誰に向けたんだろうかとか。この人はこれをやって大丈夫なんだろうかという心配とか。いろんなものが強烈な吸収力になって、これは自分1人では抱えきれない謎だという気持ちになって、これはもっとこれから多くの人がやっていくものになるんじゃないかと直感しましたけど。

S:
あのゲームは声明文のようなものです。その前も『ファイヤープロレスリング』で自分のシナリオを描いて、プロレスという世界のシミュレーターではなくて物語を語るという宣言をするつもりがったんですね。要は、自分のやりたいことを後にやるのではなくて、ゲーム業界に入ってやりたいことをいち早く宣言してやらなくてはならないと感じましたし、『ムーンライトシンドローム』はその時、初志表明ではないですけど、自分はこういうゲームの枠をこえたものを作って行くという、まさに声明文と思って作りました。これから「ゲーム道」を進んでいくにあたって、このゲームをぬるくつくってはまずいと思いました。何かがそうさせたんですね。そしてあのゲームに至ったんですけど、あのゲームがあったからこそ今こうして独立してこの会社を作って勢いがついたというか。あれが反動になっているんですね。自分が自分を後押ししてくれている感じがありますね。


〈 空間のイメージ 〉

E:
僕は小さい時からゲームをやっていたから、ゲームの音楽とか画面っていうゲームが表現している空間のイメージって実空間とは違う尋常じゃないものを感じるんですよね。

S:
ゲームの画面というか、テレビに映される向こうの世界っていうのは圧倒的なものを持っているんですよね。僕はそこに途方もないドットの煌めきを感じています。今CGの世界に取って代わられようとしていますが、それでも1ドットの世界で生まれることってもっとすごいことがあるんじゃないかなって思います。ドット自身が表現力を持ってるんですよね。僕らが小さい頃のビデオゲームって『平安京エイリアン』とか『エレベーターアクション』とかありますけど、やっぱりちょっとおかしいんですよ。

E:
おかしいですよ。

S:
すごいカオティックな世界ですよね。すごく歪んだ世界で、その中でしか生きられなかったりとか。でも逆に言うとそれだけ発想が豊かだったんですよね。ゲームクリエイターという人たちが何をやってもよかった時代でもあって、あの魅力はひょっとしたら今はもうなくなってきているんじゃないかっていう気もします。

E:
そういう気はしますね。

S:
意地もあるんですけど、本質的なところで自分が洗礼を受けてきたテレビゲームに対して「僕も同じく作っていきたい」なとは思ってるんです。

E:
「ドットの煌めき」っていう言葉にすごいイメージをもらった気がします。言葉ではうまく説明できないけれど、ただの表面的なビジュアルを超えた煌めきって言っていいのか、そういうただならぬものが芽生えますよね。


〈 洋ゲー 〉

E:
須田さんは洋ゲーも好きなんですか?

S:
そうですね。影響を受けた作品の中に洋ゲーの作品も多かったんですよね。特にフランス人のゲームクリエーター、エリック・チャイさんっていう方が作った名作といわれている『アウターワールド』とその続編の『フラッシュバック』は大好きですね。僕はゲーム業界に入ってすぐ『アウターワールド』を知ったんですが、その時に「ゲームで表現をしてもいいんだ」っていうことを教えられました。やっていただくと分かると思いますがしっかりとしたアクションゲームではあるんですが、どえらい世界に連れて行かれるんですよ。

E:
どえらい世界(笑)

S:
「世界にはこういうゲームを作っている人たちがいるんだ」っていう事を思い知らされて自分が同業者になって同じ立場になったわけですからね。「エリック・チャイを超えてやろう」と思いました。こういうのがきっかけで洋ゲーをしっかり見るようになりました。後は海外の技術がすごく上がっていて日本との差が付き始めているので、業界人として彼らのテクノロジーをチェックすることはよくありますね。せれで洋ゲーをやる機会は増えてきています。

E:
最近『ハーフライフ2』とかやってるんですけど、それがとんでもないんですよ。

S:
あのゲームの進行の仕方はすごいですよね。

E:
昔のファミコンとかインベーダーの時代の強烈なドットの色みたいなシンボリックな心理的に投影されてくる様な画面から、少しずつ技術が進歩していって精度が上がって空間の演算が複雑になっていく中で、初期のあの強烈でシンボリックな画面は消えていったような気がしていたんですよ。でも『ハーフライフ2』をやっている時に、またそういう画面の見方とは違う可能性を持った何か人を狂わせる新しいビジュアルが出始めてくるんがないかっていう予感みたいなものを感じましたね。

S:
何か新しい装置ですよね。そういう感覚はありますよね。


〈 多様性、階層 〉

E:
またゲームの話に戻りたいんですが。さっき「不安感」っていう話が出てましたが、須田さんのゲームに出てくる直接ストーリーとは関係ないような文字とか色とかありますよね。あれはどういう発想で生まれてくるんですか?

S:
階層化をしたいんですよ。

E:
階層化したい・・・。

S:
ゲームって基本的に企画とプログラムとグラフィックとサウンドっていう4本で成り立っているんですよね。その中で僕ができるのって企画なんですが、企画って生産物がないんですよ。生産物の多くはグラフィック素材ですが、プログラマーはそれを改変してプログラミングしてゲームに投影させるじゃないですか。それに比べて企画っていうのは何にも生んでいないっていう現実があるわけです。ただ、企画でも言葉によってそれを埋めることはできるわけで僕にある武器って言葉だけだったんですよ。自分のシナリオで何ができるかって考えると文章を読ませるっていう事しかできないんですが。ただ、それをたとえばグラフィックと変え、それとプログラマーがプログラムでラインを出すとかすると非常に美しいデザインができるんですね。それをいくつかの階層で見せていくことによって僕が作った言葉に違う意味合いを持たせることができるんですよね。文章と違う絵を出せば、そこに全く共通点がなかったとしても関連性が生まれるんですよ。そこに音も入ってきてプログラムでわけの分かんないテキストが流れたりして。

E:
流れてきますよね。

S:
そんな単語が出てきたらそこの関連性みたいなもの、階層が生まれてくるっていうか。ゲームって複数の階層による表現っていうのができるんじゃないかって思うんっですよ。そこらへんちょっとゴダールの影響なんですけど。

E:
へー

S:
『ヌーベルバーグ』というゴダールの映画で、2人で喋ってると突然黒バックに言葉だけが出てきて、そこに全く違う意味が生まれる。それでまた2人の会話とは違うモノローグがフランス語で入ってくるんですよ。つまり、1つの場面で2階層、3階層ある世界っていうのを、映画でできるんなら絶対ゲームでもできるんじゃないかって思ってるんです。

E:
なるほど

S:
こういう手法とか本当にすごいなって思っていて。だからこういう手法を3層、4層、5層まで掘り下げていきたいっていうのがあって。それはもうライフワークでもありますね。ゲームの中で1つのものを語るんじゃなくて、すごく多様性のあるものがすごいラインが走っているような。究極的には拾えない情報っていうのを作りたいなって思ってるんですけどね。

E:
あれは見たことがなかったですね。確かに拾えない情報で脳みそがかき混ぜられていくような感覚になっていくんですよね。

S:
僕の手を離れていってほしいんですよ。例えば自動単語作成ツールみたいなものを作ったとします。それでテキストから適当に言葉をチョイスして関連性がある言葉をどんどんピックアップしてAIで勝手に組んでいくじゃないですか。そうするともう僕の手に負えないじゃないですか。実際に恐ろしいAIを持っているゲームではストーリーが勝手に作られていくっていうのもあるんですよね。そういう多様性というか、広がりっていうのは恐ろしいものがありますよね。

E:
確かに恐ろしいことになってますよね。しかし今の話はなかなかのショックでした。あのデザインにそこまで深い思いが込められてたんですね。


〈 冷たいイメージ 〉

S:
僕は理屈を考える方ではないんですけど、当時はスタッフが4,5人しかいなくてあまりグラフィックを書く人間もいなかったんですよ。それでプログラマーにデザインをさせないと情報量が足りなかったんです。こういう状況から出たアイディアではあるんですけど、やっぱりその後も同じような傾向のことはやっていて、やっぱりプログラマーが作るデザインって好きなんですよね。

E:
確かに冷たいイメージは感じますね。

S:
プログラマーって理屈の通らないことが大っ嫌いで、数学者みたいなものですから。彼らの作るデザインって冷たくてすごく魅力的なんですよね。

E:
その冷たさがなんだかゲームの空間とすごく絡んでいる気がするんですよ。


〈 プロレス 〉

E:
須田さんにぜひプロレスに対する思いっていうのを聞いてみたいと思っていたのですが。

S:
そうですね。プロレスはもうすごい好きでしたね。タイガーマスクのころからプロレスにどっぷりはまってもう24時間プロレスのことを考えていました。

E:
それは子供の頃からですか?

S:
はい。小学校4年生か5年生の時にタイガーマスクが蔵前国技館でデビュー戦をしたころからですね。その頃からずっとプロレスが好きで、当時の情報って本ぐらいしかなかったものだから『月刊プロレス』とかすべての活字を読みあさってました。

E:
プロレスのどの辺がそんなに好きなんですか?

S:
もう言葉じゃないんですよね。タイガーマスクの動きがとにかくかっこよくて。もう世界中で一番かっこよかったんですよね。

E:
当時ゲーム少年でもあったわけですよね?

S:
ゲーマーでしたよ。あとアニメオタクでもありましたね。

E:
筋肉の世界ってそういったこととかなり対極にあると思われるんですが。

S:
そうですね。プロレスってキャラクターの宝庫ではあったと思うんですよね。技の美しさという所にも惹かれていましたね。見ているうちに「誰々のどの技」とかそういうピンポイントで好きな技とか出てきたんですよ。あとは、当時新日本プロレスが海外遠征に行くことがあったり、海外からレスラーが来日したり、海外で行われたプロレスの試合の放送を日本でやったりしていたんですよね。「ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンから新しいレスラーが来る」とか「ドイツのシュツッドガルトで猪木がやられる。シュツッドガルトの悲劇」とか。プロレスから世界が見えたんですよ。

E:
プロレスからワールドが‥ 

S:
アフリカの国とかタイ、プエルトリコ、メキシコでもやっていて、当時僕と世界を結ぶ直接的なものってプロレスしかなくて。「世界ってあるんだ」みたいなものをプロレスから教わった気がするんですよ。

E:
それもなんかテレビから流れてくるものですよね。

S:
そう。全部テレビから。

E:
テレビとか雑誌とかで想像力がどんどん膨らんで言ったんですね。それで、最初に作り始めたのがプロレスのゲームなんですね。

S:
ゲームの世界ではそうですね。


〈 サッカー 〉

E:
須田さんのゲームってサッカーの話題とかも出てくるじゃないですか。今サッカーも見るんですか?

S:
サッカーは見ますね。実は、僕サッカーは音楽から入ったんですよ。僕はUKの音楽、特にザ・スミスが好きなんですけれど、彼らマンチェスター出身なんですよ。マンチェスターといえばマンチェスターユナイテッドですよね。

E:
そうですよね。マンチェスターの音楽から入りですね。

S:
そうなんですよ。たまたまテレビで見ていたマンチェスター戦でエリック・カントのカンフーキックを見たんですけど、彼の立ち居振る舞いとかサッカー選手じゃなかったんですよ。まるでロックスター。本当にかっこいいなあって。その後にベッカムやギグスとかビッグスターが出てきて。ベッカムなんてサッカー選手じゃないじゃないですか。彼らっていい男でしかもプロレスと一緒でアーリークロスとか必殺技があるわけですよ。もうわかりやすい世界だなと思った訳です。僕の中でサッカーとプロレスが、ガチっとリンクしたんですよね。

E:
確かにわかりやすい。俺もサッカーもプロレスも好きだなと思って。なんか、めくるめく世界というか。

S:
目くるめく世界(笑)南海国の地。異教徒の文化っていうのですかね。それはすごく影響を受けましたね。なんだか体に染みてくるんですよね。じわーっと。「すげーなー」って。


〈 パチもの 〉

E:
須田さんのプロレスのゲームって名前を使って微妙に笑かしてくるところがありますよね。あれは誰がつけてるんですか?

S:
僕のシリーズで出てきたのは全部僕ですね。

E:
あのギャグっぽい感じとかもすごいつぼなんですよ。

S:
3日間くらい考えたんですよ。

E:
その、シリアスな感じとか空虚な感じに合わせて本当にしょうもない感じの笑いがはさまってくるっていうのがなんか・・・

S:
ありますね。本当になんか脱力しそうなやつとか。適当な奴が多いですよね。偽物のおもしろさっていうか、パチものの面白さっていうか


〈 おっさん 〉

E:
『シルバー事件』とかその後の、『キラー7』では、「年老いた人の頑張り」みたいなものを感じるんですけど、「老い」に対してどのようなイメージをお持ちなんですか?

S:
そうですね。おっさんの描き方っていうのは、「自分がこうでありたい」っていうイメージを投影させているっていう所が一番強いと思います。僕はずっと父親がいない状態で育ってたので父親像っていうのがあんまりないんですが、妻のお父さんが警察官だったんですね。そのお父さんがすごく誠実な方なんですよ。正義という名のもとに所謂警察官として勤め上げる男の覚悟みたいなものって半端なものじゃないんです。そのお父さんの背中のイメージがすごくあって、「潔い大人になりたい」と思ってたんです。できるだけ人間って潔くありたいじゃないですか。で、自分の中でも醜い部分とかごまかす部分っていうのをいつか清算したいけれどそうはうまく生きていけないっていう弱気も今はあって。でもおっさんになったときには全部を飲み込める男になりたいと思ってるんですね。何かおっさんに込めたいと思ってるんですよ。「自分が40代超えた時には、俺もこいつと同じでありたい」とかそんなものを何か投げている気はするんですけどね。

E:
すごい感動しました。

S:
おっさんというものを美化しているわけではないんですけどね。ただ、懐古的な事っていうのはあんまり言いたくないんですけど、昭和の日本っていうものが今の時代ってどんどん崩れ去っているじゃないですか。僕ら小さい頃「日本ってすごく強い国で、巨大な大人達がたくさんいて彼らが日本という国を支えていて今の自分を支えているんだ」って信じていたと思うんですよ。でも僕らが大人になった瞬間にその幻想はぼろぼろと崩れ去ってしまったんですね。だからこそ自分たちの世代がおっさんになったときは強くありたいなっていうのがどっかにあるんです。

E:
あの『シルバー事件』の鬼気迫る感じとか、もう尋常じゃないリアリティーを感じていたんですけど、本当にリアルな事が含まれていたっていう事なんですね。

S:
そうですね。自分の肉体からこう、出てくることでしか描けなかったりするんで、『シルバー事件』は結構100パーセントに近いくらい自分の体を通して、血液になるくらいやりましたからね。

E:
俺あのゲーム繰り返しやっているんですよね。繰り返しやってもまあ訳は分からないんですけどね。わかるのとわからないのの境目があんまりないような感じですね。よくわからない希望というか、前向きな感情とかはあそこから何故か感じるんですよね。あー、そっか。頭で理解する感じじゃなく、その血となり肉となったものをそのまま俺の血にもさしてもらってるようなそういう感じはあったなあ。

S:
うれしいですね。

E:
そっかー。感動しました。

S:
僕もそういう風に感動してもらえるっていうのは、作ってよかったなって本当に思いますね。嬉しいですね。

E:
あのゲームは本当に濃ゆいですよね。

S:
あのテンションのものってあの時だから作れたっていうのもあると思うんですけど。今はもっと違うものを作っているのであの時代にあれを作れて本当によかったなと思いますね。

E:
そっかそっか。んー。すごい。本当に父親が警察官でっていうのはなかなか聞けない話ですね。

S:
あんまりどこでも喋ってないかもしれないですね。


〈 空虚感 〉

E:
いやー、あのその後『キラー7』で日本が壊れましたよね。本当にあっさり滅亡するところというか、そこらへんにすごい空虚感を感じたんですが、あのあたりの発想とかはどこから出てきたんですか?

S:
アメリカと日本を描くっていうのは『キラー7』では最初から義務づけられた所もあって。

E:
義務づけられた?

S:
国外販売っていうのを視野に入れて作るのが初めてだったんですよ。『キラー7』は世界デビューになるタイトルでもあったので、主人公を外国人にする必要があったんです。そこで、自分が日本人でありながら外国人のキャラクターを主人公にしてゲームを作るときにどういうものが作れるかって考えると、やはりどこかしら日本と関係ないと描けないと思ったわけです。せれで、「アメリカに日本のエージェントのような人間がいて、彼らが日本とアメリカの政治を結びつけている」っていう物語を描こうと思ったんですよね。そこで当然アクションゲームなんで戦いっていうものが生まれると思うんですけど、その戦い自体よりもその背景をきちんと物語で伝えようと思ったんです。なので、僕が描いた世界
っておっきな国の戦いのその現場のリアリティーよりは、後ろでうごめいている、所謂政治家であったりエージェント達とのやり取りがほとんどだったというか、それを描きたかった。なので、実際にどえらいことが起こったりするのは唐突だったりするんですよね。

E:
唐突に起こりますよね。

S:
現実ってほとんどそうですよね。何か物事を起こすときに、例えば我々が当事者で何かを発表したりするのは、多分世の中の人たちにとっては唐突じゃないですか。実際にかかわっている我々にとってはそれまでの経緯とかすごく、インナーな世界のプロセスを経てやってきて発表っていう事になるんですけど。個々の地味な作業と緻密な作業と、実際に起こる派手な事っていうの非常にギャップがあると思うんですね。そこのリアリティを描きたいんですね。それが結構現実の視点なんじゃないのかなって。全てを大げさに見せるんじゃなくて、何か物語の描き方を少し崩したかったっていうのもありました。


〈 ずらし 〉

E:
須田さんのゲームって、デザインとかシナリオが相まって見たことないイメージになってるから、「普通のこれはこういうものだ」っていうものからずれた所にいろんなものがある気がするんですよ。今日のTシャツにしても、もうずらされた気がしてて。「わかった気になるな感」がすごい出てますよね。

S:
僕自身もそう、ずらすのかもしれませんけど、どうなんですかね。わかりやすくしないんでしょうか。


〈 デヴィッド・リンチ 〉

E:
須田さんはデヴィッド・リンチがすごい好きだっていう話を聞いたんですけど。

S:
そうですね。もう『ツインピークス』とか大好きですね。ビデオのレンタル開始日には、自宅の周辺のビデオ屋あらゆるところをはしごしてやっと見つけたりして。そのくらい燃えていましたね。その時は頭の80パーセントくらい『ツインピークス』で残り20パーセントがプロレスでした。

E:
須田さんのゲームの空気もデヴィッド・リンチとはまた違う、でもどっかのピンとくる感覚が似たところがあるなあって。だからデヴィッド・リンチに対してどういう感覚を持っているのかお聞きしたいんですが。

S:
そうですね。リンチは好きは好きなんですよね。でもリンチは映画じゃなくでデヴィッド・リンチそのものだと思ってるんですよ。リンチみたいなモノ作りのスタンスとかはすごいと思うんですよ。老いとか関係ないじゃないですか。あの一貫性みたいなものっていうのはモノ作りにとっては一番魅力的だと思うんですよね。だからその部分の志の部分ではすごい好きですし、あと、作品が毎回ぐちゃぐちゃなのとか、同じネタを色んな映画で使うぼけ具合っていうか無神経ぶりも大好きですね。あのぐらい無神経でありたいなっていうのもありますね。

E:
全然関係ないんですけど、須田さんとリンチが話したらすごく面白そう。

S:
デヴィッド・リンチには死ぬまでにあってみたいですね。


〈 茨城 〉

S:
最近茨城がいいんですよ。茨城は何というか、関東の魔窟みたいな場所なんですよ。あそこって猟奇殺人系の犯罪が多いんですよ。「なんで茨城で起こるんだろう」って思ったんですけど、おじさんとか、俺とかと同じ世代の人間でたちの悪い人間がたくさんいるんですよ。ワゴン車で後ろとか全部あの黒くしてて全身ジャージで丸刈りにしたような人間率がすごく高いんですよ。彼らが犯罪に手を染める確率が相当増えてきてると思うんですよね。人間関係のゆがみみたいなものからそういうのって生まれるでしょうし、それが新しい形になって茨城で集中してると思うんですよ。で、所謂その流れてきて、無意識的な模倣がどんどん生まれてきてるんですよ。それが今茨城ですごく多くなってきていて、「わあ、
おもしろいな」って。

E:
おもしろいがきましたか。それはめちゃくちゃ新しい感覚ですよね。また違った須田さんのゲームで茨城の要素が出てくるのかな。

S:
そうですね。都市感としては一番アツいですね。

E:
やはり須田さんがずれてますよね。

S:
僕結構車に乗って色々行くんですけど、その時に走ってるだけでもずばーっと入ってくるんですよね。人の感覚みたいなものがだんだんか浸透してくるっていう感じですかね。そういうところから影響を受けますね。やっぱりそこってリアリティがあるものじゃないですか。で、人間の生んでる何かが都市を作っているっていうものがありますから。それを正しく自分の中で体に入れたいなっていうのがありますよね。


〈 次回作 〉

E:
次はどういう感じのものをやろうとしてるんですか?

S:
次はですね、『キラー7』の反動なんですね。今『NO MORE HEROS』っていうのをやっています。僕は結構反動があるんですよ。

E:
そうですよね。『シルバー事件』の冷たい感覚からすべて夢の中みたいな「花と太陽と雨と」に行く。

S:
そうですね。真逆に。そこからまた『キラー7』っていうハードボイルドな世界っていうのがあって、今度は全くノーシリアスな世界っていうのを描きたくて。主人公がトラビスっていうキャラクターで、殺し屋で所謂ライトセーバーのような武器を持っているんです。彼はスターウォーズの大ファンで、日本のアニメの大ファンで、とにかくオタクのサラブレッドのようなやつなんですけども。

E:
オタクのサラブレッド・・・

S:
そいつが、殺し屋として結構目が開花してしまってですね。イメージはジョシュ・バーネットっていう格闘家なんですが。

E:
わかります。

S:
バーネットって確か格闘技のベースってあんまりなかったと思うんですけども、ほぼ自己流でビデオ見たりだとかで隙が高じて真似するようになってどんどん強くなってUFCでチャンピオンになっちゃっていう格闘家なんですが、トラビスはその殺し屋版なんですよ。任侠ものとか殺し屋物のビデオとか見てたら本当に自分がアクションで強くなってしまってっていう。で、そいつが全米ランキング11位にある日任命されたんですよ。その瞬間からエージェントが来て「今から10位から一人ずつ殺してナンバー1になるか」っていう誘いを受けて、それに乗っかる。そこからは成り上がりストーリーがですね。で、一人ずつ殺していくっていうゲームなんですけども。今回はどっちかって言うとすこーんと抜けたようなばかばかしい世界をちょっと描きたいっていうのが合ってですね。これまでとはちょっと感覚が違うような気がしてます。

E:
それはいつごろ出るんですか?

S:
今年中には出るんじゃないかなと思いますね。

E:
ぜひともやりたいですね。いや―今日のインタビュー凄い前向きな感じを受けて。なんか。すごい気合入った感じで。こういう感じで物を作ってる人が、ばりばりモノを売っていく世界の真っただ中でやってるっていうのが僕にとっての希望です。

S:
そうですね。やっぱりモノ作っていくときにビジネスとどう折り合いをつけるのかってすごく考えますし、僕の場合社員も抱えてやっていく中でバランスとるのが難しいと思ったんですけども、あんまりでも難しいと思ったら難しく難しくなっちゃうんですよね。だから難しく考えない。あとさっきも言いましたけど、表現を信じるっていう所に対して揺れない事。そういうことを揺るぎなく待ち続けることがやっぱり結果になっている気がします。やっぱりやり続けるっていう事ですかね。やり続けているからこうして会えますし、会社もあるわけで。でもそれがビジネスとして開花するかとは別問題なんですけども、でも開花する気もするんですね。間違いなく。

E:
確実に届いてきましたし。

S:
こういった感覚を突き詰めると、世の中が誰も発想しないことが生まれてくると思うんですよ。僕はそれを発明だと思ってるんですよ。世の中で必要なものって発明なんですよね。そういう人たちが消えちゃいけないと思いますし。

E:
勝手に受け継がしてもらいます。

S:
いえ、勝手じゃないですよ。

E:
輝く星のような人がいっぱいいるけど、そうやって本当に勝手にやっぱり受け継いでいくと思うんですけどね。

S:
特に若くてモノ作る人たちって複雑に悩むこともたくさんあると思うんですよ。でも考え抜いたとしても、ものを生むっていう事は絶対につながるので。作ったものは絶対に、どんなにかわいそうな目に会ったとしても何かに繋がるっていう気がするんですよ。例えば僕はアニメ原作のものをやることもあるんですけど、こういう場合って不幸な結果になることも多いんですね。原作アニメのファンにはゲームに興味ない人たちが多くて、ゲームが好きな人たちはアニメ原作の作品に興味がない場合って、そのゲームってどこにも居場所がないんですよ。居場所がないゲームって結構あって、自分たちが作ってても途中からそれがわかるんですよね。自分たちが生んだ作品でもあるので「このゲームって本当にかわいそうだな」って思うんですが、だけどそこは揺らいじゃいけないかなと思って、そこを信じて作るんです。ひょっとしたらそのゲームの原作が好きなファンがたまたま買って彼がいつかそのゲームの影響でゲームを作るかもしくはモノ作り始めたりとかっていう事になったらいつか会えるじゃないですか。で、たった一人だったとしてもその一人の人が何かをそれで感じてくれればそれでいいなって思えるようになったんですね。そのためにも作り続けるっていう事は嘘はつかないなっていう気はしてるんですね。

E:
いい話をありがとうございました。





2007年9月6日

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

Interview with SUDA 51

There exist, across the world, a handful of collectives that produce video games with an almost excessive degree of creative intensity. Among them, Grasshopper Manufacture stands without question as one of the most singular. Its founder, Goichi Suda, is a creator devoted, in the purest sense, to the pursuit of the highest form of the video game. Yet the works he produces are imbued with something altogether unclassifiable: an unsettling amalgam of eeriness, dread, moments of unexpected solace, and a persistent undercurrent of disarming, almost lethargic humor; the result is a body of work that feels profoundly unstable, yet unmistakably opens a path accessible only through the medium of the video game itself. What Grasshopper has consistently presented on home consoles cannot be dismissed as mere entertainment, but rather emerges as something sharper, more dangerous, and imbued with a peculiar depth—works that resist containment within conventional definitions of play. They are, in a word, often described as “mad,” and yet the assertion that these works represent one of the most powerful contemporary art forms is by no means an exaggeration. What Grasshopper appears to enact, perhaps deliberately, is the infiltration of the abnormal into the fabric of the everyday while remaining fully embedded within the structures of capitalism. The unique force of the video game medium—its synthesis of sound, light, narrative, and the player’s active participation—produces an experience akin to a waking hallucination, a passage into an alternate perceptual field not unlike deep meditation or visionary states. In the 1990s, titles such as *Twilight Syndrome*, *Moonlight Syndrome*, and *The Silver Case* emerged as works that, even when considered alongside all other forms of expression, transcended the boundaries of the video game medium and delivered to certain audiences a shock of profound and inarticulable intensity; one was compelled to ask whether this could truly be called a “game.” The experience was so disquieting that it seemed to suggest that something within the structure of reality itself was being violently dismantled, and yet the necessity of that destruction was perhaps already intuitively understood by those who encountered it. One might recall, for comparison, the moment of the initial broadcast of Neon Genesis Evangelion—a similarly destabilizing cultural rupture. The difference, however, lies in the historical perception of the medium: unlike anime or manga, whose artistic legitimacy has since been firmly established, video games have long been regarded as trivial diversions lacking historical weight, yet such prejudices are temporary and destined to erode. Indeed, it may be precisely during such periods of marginalization that the most radical and exceptional works are able to emerge. For many years, Grasshopper existed as something of a legend, circulating primarily among a small but fervent group of devotees; yet within the game industry itself, their reputation among creators has always been extraordinarily high, and supported by a network of discerning and somewhat eccentric peers, they continued to produce a succession of works that were, by any conventional standard, recklessly strange. Then, in 2008—marking the company’s tenth anniversary—titles such as *killer7* and *No More Heroes* achieved genuine commercial success, particularly overseas, leading to a rapid expansion of their cult following. If one were to identify the traditional stronghold of bizarre and extreme video game expression, it would undoubtedly be the West, and yet the games created by Suda resist comparison with any of them; they are categorically singular, distinct to the point of estrangement. Over the course of a decade, a succession of works emerged that could only have been born in Japan, games marked by an irreducible sense of otherness. It is within this context that Goichi Suda has spoken at length, offering reflections on these works and the peculiar trajectory that produced them.

S: Goichi Suda
E: Ekusadataganawi

〈 Suda Appears 〉

E:
Thank you very much for agreeing to this interview today. To begin with, I must say—your shirt has completely defeated me.

S:
I only just started wearing it today.

E:
To appear in a Kurt Cobain T-shirt… I mean, that absolutely exceeded my imagination.

S:
If I let myself go, Kurt starts getting a belly too.

E:
I’ve been deeply shocked by your work ever since Moonlight Syndrome. All this time, without really knowing what you looked like or seeing you in interviews, I’d been in a kind of ongoing inner exchange with nothing but the works themselves—the games you made. I had all kinds of imagined ideas about your appearance and tastes, based only on what came through those games. But somehow, the appearance of a Kurt Cobain T-shirt was beyond anything I could have anticipated. And yet seeing it now, I find, oddly enough, that it makes perfect sense. I cannot quite explain it, but it feels deeply convincing.

S:
Is that so.

E:
Do you like Kurt Cobain?

S:
In an ordinary way, yes.

E:
In an ordinary way…

S:
I mean, when he died, I was genuinely shocked. I happened to be making a Fire Pro game at the time.

E:
Fire Pro Wrestling?

S:
Yes. In that story, too, the protagonist dies—he kills himself with a hunting rifle. The Fire Profans really came after me for it. I was getting trashed online very early on.

E:
Back when the internet had not even fully heated up yet.

S:
That’s right. Musically, I liked grunge, of course, but if anything, I was more into UK post-punk. I kept listening to what came after punk—that’s the core of me.

E:
I’d heard from friends that you were into British punk and things in that direction, but I had never imagined it extended all the way to Kurt Cobain. So that surprised me.

S:
I didn’t listen to much American music, but when grunge appeared, it was simply cool.

E:
Simply cool. (laughs)

S:
The guitar sound, for one. And not just Nirvana—I really loved Albini’s production work too, and I kept following that.

E:
Lately, I’d been listening to Kurt Cobain again myself. I liked his music before, of course, but just recently I found myself listening to it again—really, over the last week. Entirely unrelated to anything, I was just on YouTube wondering: if I watched Kurt Cobain and Nirvana now, what would I think? So I looked again. And then here you are, wearing it so unapologetically. (laughs)

S:
I like Hysteric Glamour, and this year they’re doing a full Kurt Cobain feature. So I’ve been buying everything.

E:
(laughs) There’s a kind of gap there, isn’t there, from the height of that era until now. And yet, for some reason, I too suddenly felt the urge to look at Kurt Cobain again.

S:
That sort of cycle comes around.

E:
Yes, it started to feel as though that cycle had come around for me too. That surprised me first of all. You look great.

〈 On Cities 〉

E:
The first thing I really wanted to ask you about was your view of the city. Cities appear in your games even at the most surface level. There’s something about your sense of Tokyo—your sense of the urban—that feels unlike anything I’ve seen before. It isn’t something I’ve encountered in live-action film or manga. There’s a kind of emptiness in it, in the sound and in the imagery. So the first thing I wondered was: where are you from? Because that landscape seems so deeply present in your work, and I’ve always wanted to know where it came from.

S:
I’m from Nagano. But when I was seven or eight—actually, maybe earlier, around six—I spent some time in Chiba.

E:
Chiba. That’s interesting in itself.

S:
It wasn’t Tokyo, but that one year affected me enormously. There were five commercial TV channels. Back then in Nagano there were only two. Only two-fifths of the information that Tokyo had made its way in—it all felt so thin. Then, during that one year, I was exposed to more than double that amount… and I became absurdly, overwhelmingly fond of television. And sometimes I’d be taken into Tokyo, right? The scenery I saw then felt like a futuristic city. It was like the metropolis in Osamu Tezuka’s manga—an image of a Showa-era city of the future, and that image burned itself into my mind. Then later, after graduating high school and moving to Tokyo, I found myself trying to bridge the gap between the Tokyo of reality and the Tokyo I had imagined. What I want to depict in my work has something to do with the search for a place to belong. It isn’t about friendship, and it isn’t that I have some familiar place where I belong. There is no place for me in the ordinary world. And strangely enough, I like that feeling of having no place in it.

E:
I like that too.

S:
Somewhere inside, you know it. You know you cannot belong. When you are young, you react too strongly to that, don’t you? Not rebellion exactly, but something close. So I would depict that somehow within the image of the city. I often portrayed criminals, but what interested me was why they commit crimes in the city. When I immersed myself in that world, it always came back to the search for a place, to where their place might be. So I was depicting the city through that. It was not so much the criminal act itself that interested me, but rather how a person ended up moving in that direction, what they were thinking in the city—how narrative might emerge from that, how one might think through it. So in that sense, my view of the city is very strong.

E:
As I listen now, I find myself rather struck by the fact that the initial setting was Chiba Prefecture—it resonates more profoundly than one might expect. It is not situated in the very center of Tokyo, but instead emerges from a peripheral, almost suburban vantage point, from which Tokyo reveals a certain ruin-like quality, something akin to the presence of remnants or archaeological traces. There is a sense of observing the city from a position that allows for a kind of distant overview, while simultaneously standing in a place that offers no true sense of belonging. I feel that this condition—of being slightly displaced, of never fully grounded—is precisely what generates that distinctive sense I have always experienced in your games: a subtle estrangement, an atmosphere that resists comfort and reassurance. It has the effect of instilling a quiet yet persistent unease, leaving one with an inexplicable sense of anxiety.

S:
Yes. I think that’s the tension between me and the player.

E:
There is an extraordinary amount of tension.

S:
I never learned scenario writing in any orthodox way, and I never intended to. I think storytelling is a battle of dialogue. You shape a scenario while thinking about what the player is thinking. And then, just when you sense the player thinking something in particular, you deliberately break that tension. Sometimes that is also a way of making them feel good.

E:
Even while I feel this discomfort, this unease, it somehow becomes pleasurable. I could never tell whether that was entirely deliberate or something more instinctive—whether you meant it or whether it simply emerged—and I kept wondering what kind of person you really were. But hearing you now, it sounds as though it is quite intentional.

S:
I think it is both.

E:
Both.

S:
There are things I cannot control myself. Sometimes the characters just run off on their own. As though all I can do is draw them. But if it really comes across that way, then I’m very happy. Truly moved.

E:
I have several friends who reacted strongly to your work from the very beginning, and they are all people who make things themselves. Your work really seems to strike those kinds of people deeply.

S:
Even within the game industry, I’ve been strongly supported by people who make games themselves.

〈 The Market 〉

E:
When I play your games, they feel as though they go beyond work, beyond money. I paint, and I make music as well, but what I feel in your work seems to surpass those categories. There is some force of making there, and I want to know where that came from.

S:
Well, games are industrial products, after all. So naturally they have to function as business. But at a more fundamental level, I keep thinking about why it is that I make video games.

E:
Yes—that’s exactly the feeling I had.

S:
In the end, you want many people to play them, don’t you? When something like Tetris or Space Invaders first appeared, they were not created simply to make money. They began from the desire to let many people touch some new invention. So for me as well, it is not a matter of producing something that yields high profit within the current market and its conditions. Before questions of business success even arise, unless one makes something that many people can play, then as a video game it has already fallen into decadence. What I make—I want it to be an invention, as much as possible.

E:
An invention.

S:
Yes. So the first thing is always to do what no one else is thinking of doing. If I get the chance, of course. If the publisher or client tells me it cannot be done, then I have to think of something else. But thankfully, in our case, we are often allowed to work with a free theme, or we are told, “Please make something new.” So when that happens, I try to make it purely from the initial impulse. That’s probably the smell you’re sensing. It’s a game, yes—but I also want it to be something that can stand and fight against every other thing called art: painting, literature, film, all of it.

E:
Yes. Absolutely.

S:
Whenever I get the chance to make that kind of free game, I put a tremendous amount of spirit into building the concept.

〈 Games as Manifesto 〉

E:
I started playing games when I was in elementary school, and I’ve loved them all my life, so I feel I’ve played many different kinds. But your games give off a clearly different atmosphere, and at first I was honestly bewildered.

S:
Yes. Even when I think back on it myself, I feel I’ve made some very strange things.

E:
When I first played Moonlight Syndrome, I became almost delirious. I thought: I do not understand this—should something like this even be released? But precisely at that level, I also felt that someone was doing something extraordinary in the world as it is now. That someone had actually done it.

S:
I was scolded for it, too. Quite badly by my department head.

E:
I’m sure you were.

S:
He said, “What exactly are you trying to do?” And then the Sakakibara incident happened around that time. There were a number of expressions we had to self-censor. Before that, it had been much more extreme. And then the game came out and it still had considerable impact, so people said, “What are you trying to make?”

E:
Where are you trying to go? Who is this for? Is this person going to be all right? All of those anxieties became part of the game’s extraordinary force of absorption. I remember thinking that this was a mystery too great for one person to hold alone—and that, sooner or later, more and more people would have to encounter it.

S:
That game was like a manifesto. Even before that, with Fire Pro Wrestling, I wrote my own scenarios because I wanted to declare that pro wrestling, in a game, did not have to remain just a simulation of the pro-wrestling world—it could tell a story. In other words, I felt that I could not wait until later to do what I wanted to do. Once I entered the game industry, I had to declare it immediately. And Moonlight Syndrome was, at that moment, not exactly a first statement of intent, but something like one. I made it as a declaration that I would create things that went beyond the framework of games. As I set out on what you might call the path of games, I felt that I absolutely could not make that game in a lukewarm way. Something compelled me toward it. And that is how the game came to be. It was because that game existed that I was later able to go independent, found this company, and build momentum. It became a kind of counterforce. It feels as though my past self is pushing me forward.

〈 The Image of Space 〉

E:
Because I grew up playing games, the music and the screen—the kind of space games express—feel radically different from actual physical space.

S:
The space on a game screen—the world beyond the television—has something overwhelming about it. I feel an immeasurable sparkle in the dots. Even now, when that world seems to be giving way to CG, I still believe there are things that can happen in a single-dot world that are even more astonishing. The dots themselves possess expressive power. The video games we had when we were children—Heian-kyō Alien, Elevator Action, things like that—they were all a little strange.

E:
They were strange.

S:
They were profoundly chaotic worlds. Very distorted worlds, and worlds in which you could only live in a certain way. But in another sense, that meant people’s imaginations were richer then. It was an era when game creators could do almost anything. And perhaps that charm is beginning to disappear now.

E:
It does feel that way.

S:
Part of it is stubbornness, but at a more essential level, I want to keep making the same kind of television games that initiated me.

E:
That phrase—“the sparkle of dots”—gives me such a strong image. There is something there that goes beyond surface-level visuals, something one cannot quite explain in words. Something extraordinary begins to emerge.

〈 Western Games 〉

E:
Do you like Western games as well?

S:
Yes. A number of the works that influenced me were Western games. In particular, I love Another World, made by the French game creator Éric Chahi, and its sequel Flashback, which is also considered a classic. I encountered Another World not long after entering the game industry, and it taught me that games were allowed to be expressive. If you play it, you understand—it is certainly a proper action game, but it takes you to an astonishing world.

E:
An astonishing world. (laughs)

S:
It made me realize that there were people in the world making games like this. And since I had now entered the same profession, I thought: I’m going to surpass Éric Chahi. That is what led me to start looking seriously at Western games. And of course, overseas technology has improved tremendously; the gap between it and Japan has widened. So as someone in the industry, I often study their technology as well, and that has naturally given me more opportunities to play Western games.

E:
I’ve been playing Half-Life 2 lately, and it’s extraordinary.

S:
The way that game progresses is remarkable.

E:
Ever since the age of Famicom and Space Invaders, those intense symbolic screens, with the violence of pure color and dots that seemed to project directly into the psyche—those gave way, little by little, to advancing technology, higher precision, and more complex calculations of space. I felt that those early, intense, symbolic images had faded. But when I played Half-Life 2, I had the sense that perhaps something else was beginning to emerge—a new visuality, one that could drive people mad in a different way.

S:
Yes. It feels like some new kind of apparatus. I understand that sensation.

〈 Multiplicity and Layers 〉

E:
I’d like to return to your games. Earlier we were talking about unease, and in your games there are words and colors that seem unrelated to the immediate story. How do those emerge?

S:
I want to create layers.

E:
Layers…

S:
A game is basically made up of four pillars: planning, programming, graphics, and sound. Among those, what I can do is planning. But planning does not produce a tangible thing. Most of what gets physically produced is graphic material, and programmers then transform it through code and project it into the game. Compared with that, planning produces nothing in itself. But even planning can fill that gap through language, and language was my only weapon. So when I thought about what I could do through my scenarios, the only thing I could really do was make people read text. But if, for example, you alter that through graphics, and then a programmer introduces lines and visual interventions through code, suddenly a very beautiful design can emerge. By showing that across several layers, I can give the words I wrote a different set of meanings. If you place text next to an image that has nothing in common with it, a relationship still comes into being. Then sound enters as well, and strange text starts flowing across the screen through programming.

E:
Yes, it does.

S:
When a word like that appears, it produces a relation, or rather a new layer. I think games might be capable of expression through multiple layers. That idea is influenced a little by Godard.

E:
Really.

S:
In Godard’s film Nouvelle Vague, two people are talking and then suddenly words alone appear against a black background, generating an entirely different meaning. Then another monologue enters, in French, completely separate from their conversation. In other words, within a single scene there are two layers, three layers of world. If film can do that, then surely games can too.

E:
I see.

S:
I think that method is incredible. And I want to push it down to three layers, four layers, five layers. It has become a kind of life’s work for me. Rather than speaking of one thing in a game, I want something radically diverse, like an array of lines running through it. Ultimately, I want to create information that cannot all be grasped.

E:
I had never seen anything like that. It truly feels as though one’s brain is being stirred by information one cannot quite pick up.

S:
I want it to leave my hands. Suppose, for example, we created something like an automatic word-generation tool. It would take a text, pick out words at random, continue selecting related terms, and have AI assemble them automatically. At that point it would already be beyond my control, wouldn’t it? There are in fact games with terrifying AIs where the story begins to generate itself. That kind of diversity—rather, that kind of expansion—is frightening.

E:
It certainly becomes frightening. What you’ve just said is genuinely shocking. So much thought was placed into that design.

〈 The Cold Image 〉

S:
I’m not someone who thinks in a very theoretical way, but back then we only had four or five staff members, and not many people who could draw graphics. So we had to make programmers design things too, otherwise the information density simply wasn’t enough. The idea emerged partly from that situation. But even afterward we kept doing things in a similar direction. I really like the designs made by programmers.

E:
There is definitely a coldness in them.

S:
Programmers hate anything that does not obey logic. They’re almost like mathematicians. The designs they make are cold, and incredibly attractive.

E:
That coldness seems deeply entangled with the space of games.

〈 Professional Wrestling 〉

E:
I absolutely wanted to ask you about your feelings toward professional wrestling.

S:
Yes, I loved it immensely. Since the days of Tiger Mask, I was completely absorbed in pro wrestling—I was thinking about it twenty-four hours a day.

E:
Since childhood?

S:
Yes. Ever since Tiger Mask’s debut match at Kuramae Kokugikan, when I was in fourth or fifth grade. From that time on I loved pro wrestling. Back then, the only information available was in books and magazines, so I devoured every scrap of text in things like Monthly Pro Wrestling.

E:
What was it that drew you in so strongly?

S:
It goes beyond language. Tiger Mask’s movement was simply so cool. To me he was the coolest thing in the world.

E:
And at the same time you were already a game-loving child.

S:
A total gamer. And an anime otaku too.

E:
The world of muscle and physicality seems, in a way, completely opposite to all that.

S:
Perhaps, but pro wrestling was a treasure house of characters. I was also drawn to the beauty of the techniques themselves. Watching it, I began to develop very specific favorites—someone’s particular move, this or that technique. And at that time New Japan Pro-Wrestling would go on overseas tours, foreign wrestlers would come to Japan, and broadcasts would show matches held abroad. “A new wrestler is coming from Madison Square Garden in New York,” or “Inoki is defeated in Stuttgart, the tragedy of Stuttgart.” Pro wrestling allowed me to see the world.

E:
The world through pro wrestling…

S:
There was wrestling in African countries, in Thailand, Puerto Rico, Mexico. Back then, the only direct thing that connected me to the world was pro wrestling. It made me feel: the world exists.

E:
And again, all of that was coming through television.

S:
Yes. Through television, all of it.

E:
So through television and magazines, your imagination kept expanding. And then the first games you began making were pro wrestling games.

S:
In the world of games, yes.

〈 Soccer 〉

E:
Your games also contain references to soccer. Do you still watch it?

S:
Yes. In fact, I entered soccer through music. I love UK music, especially The Smiths, and of course they’re from Manchester. And when you think of Manchester, you think of Manchester United.

E:
Right—through Manchester’s music.

S:
Exactly. By chance, I happened to see a Manchester match on television, and I saw Eric Cantona’s kung-fu kick. The way he carried himself—he didn’t seem like a football player at all. He was like a rock star. Incredibly cool. After that came big stars like Beckham and Giggs. Beckham hardly seemed like a football player either. They were handsome, and just like pro wrestlers they had signature moves—those early crosses and techniques that were instantly legible. I thought: what a wonderfully clear world this is. In my mind, soccer and pro wrestling clicked together perfectly.

E:
That does make sense. I’ve often felt that I like both soccer and pro wrestling for a similar reason. There’s a kind of dazzling world to them.

S:
A dazzling world. (laughs) A foreign culture from some southern land—something like that. It affected me deeply. It seeps into the body, slowly. You just think: this is amazing.

〈 Knock-Offs 〉

E:
In your wrestling games there are names that seem to parody real ones in a very faintly absurd way. Who comes up with those?

S:
In my series, all of those were me.

E:
That slightly foolish, comedic feeling really hits the mark for me.

S:
I spent about three days thinking them up.

E:
That strange insertion of utterly silly humor into something so serious and so empty…

S:
Yes, that happens. Things that make you almost lose all your strength. Many of them are really very careless. There is something amusing about fakes—about knock-offs.

〈 Older Men 〉

E:
In The Silver Case, and later in killer7, I feel something like “older men doing their utmost.” What kind of image of aging do you have?

S:
I think, above all, the way I depict older men is a projection of what I myself wish to be. I grew up without a father, so I did not really have a father image. But my wife’s father was a police officer, and he was an extraordinarily sincere man. The resolve required to serve as a police officer in the name of justice—it’s no small thing. I carry a strong image of his back in my mind, and I’ve always thought I wanted to become a dignified adult like that. One wants, if possible, to live with dignity. Of course, in me too there are ugly parts, evasions, things I want one day to settle, though I also know it is not so easy to live like that. Still, when I become an older man, I want to be someone who can swallow all of it. I want to put something of that into older men. Something like: when I pass forty, I want to be like this man. I think I am always throwing something like that into them.

E:
That moved me profoundly.

S:
It is not that I idealize older men. But without wanting to become nostalgic, the Japan of the Showa era has been collapsing more and more in our own time, hasn’t it? When we were children, I think we believed Japan was a strong country, full of immense adults supporting the nation and, by extension, supporting us. But the moment we ourselves became adults, that illusion crumbled. So perhaps that is why, when our generation becomes old, somewhere inside we want to be strong.

E:
The terrifying intensity of The Silver Case felt so real to me that it was almost unbearable. So there really was something deeply personal inside it.

S:
Yes. I can only depict things when they come out through my own flesh. With The Silver Case I did it almost a hundred percent through my own body, until it became like blood.

E:
I replay that game again and again. Even on repeated play I don’t fully understand it, but understanding and not understanding do not really seem separate there. And yet I feel some kind of hope in it, some forward-moving emotion. Ah—I see. It isn’t something I understand with my head. It is as though what became your blood and flesh entered into mine as well.

S:
That makes me very happy.

E:
I see. I’m moved.

S:
When someone is moved like that, I really feel it was worth making.

E:
That game is so incredibly dense.

S:
I think that level of intensity was only possible at that time. Now I’m making different things, so I’m really glad I was able to make that work then.

E:
I see, I see. The fact that your wife’s father was a police officer—that is not something one gets to hear very often.

S:
I may not have spoken about it much elsewhere.

〈 Emptiness 〉

E:
Later, in killer7, Japan almost seems to collapse so abruptly. I felt a tremendous emptiness there. Where did that line of thought come from?

S:
From the beginning, killer7 was also bound to depict both America and Japan.

E:
Bound to?

S:
It was the first time we were making something with overseas sales in mind. killer7 was also our world debut title, so we needed the protagonist to be foreign. At that point, I began thinking: if I, as a Japanese creator, make a game with a foreign protagonist, what can I create? I felt that I could not depict anything unless it was somehow connected to Japan. So I thought: let there be Japanese agents in America, figures who connect Japanese and American politics. That was the story I wanted to tell. Since it was an action game, conflict would naturally emerge—but more than the fighting itself, I wanted to convey its background through narrative. So the world I depicted was not really the immediate reality of great nations clashing out in the open, but rather the dealings of politicians and agents moving behind the scenes. That was what I wanted to portray. And so the truly enormous events tend to happen quite abruptly.

E:
They do happen abruptly.

S:
Reality is often like that, isn’t it? When something happens—when we ourselves are involved in bringing something out into the world—it appears sudden to the people outside. But for those of us involved, it comes after so many processes, so much internal work. There is a huge gap between the quiet, detailed labor that precedes something and the dramatic thing that finally occurs. I wanted to depict the reality of that gap. I think that is a realistic perspective. I also wanted to disrupt conventional ways of telling a story, rather than making everything appear grandiose.

〈 Displacement 〉

E:
In your games, because the design and the scenario work together to produce images one has never seen before, it feels as though many things exist slightly displaced from what should normally be obvious. Even with your T-shirt today, I feel I’ve been displaced. There is a very strong “don’t presume you understand” quality to you.

S:
Perhaps I displace things myself. But I wonder. Maybe I simply don’t make things easy to understand.

〈 David Lynch 〉

E:
I’ve heard that you are a great admirer of David Lynch.

S:
Yes. I love Twin Peaks, for example. When it first became available to rent on video, I went from shop to shop around where I lived until I finally found it. I was that fired up about it. At the time, my mind was about eighty percent Twin Peaksand the remaining twenty percent pro wrestling.

E:
The atmosphere of your games feels different from David Lynch, of course, and yet there is some point of contact, some shared sensation. So I wanted to ask what exactly you feel toward Lynch.

S:
I do love Lynch. But to me, Lynch is not “film”—he is David Lynch himself. What I find amazing is his stance toward making things. Age has nothing to do with it. That consistency is one of the greatest attractions in making anything. So in that sense of commitment, I admire him deeply. And then there’s the way his works are gloriously messy every single time, the way he reuses similar material in different films with this almost oblivious shamelessness—I love that too. I’d like to be that unapologetically indifferent myself.

E:
Completely unrelated, but I think it would be very interesting to see you and Lynch talking together.

S:
Before I die, I would like to meet David Lynch.

〈 Ibaraki 〉

S:
Lately I’ve been really into Ibaraki. Ibaraki is, in a way, like the dark pit of the Kanto region. There are a lot of grotesque murder cases there. I started wondering, “Why does this happen in Ibaraki?” And then I noticed there are a lot of nasty people there from the same generation as me—middle-aged men driving vans with blacked-out windows, shaved heads, full tracksuits. I think the probability of people like that turning to crime is increasing considerably. Things like that arise from distortions in human relationships, and I think they’re taking on a new form and concentrating in Ibaraki. These things drift and spread, and then unconscious imitation is born from them. That is happening more and more in Ibaraki now, and I think, “Wow—this is interesting.”

E:
So “interesting” is what comes to mind. That’s an extraordinary response. I wonder if some element of Ibaraki will appear in a future Suda game.

S:
Yes. As a sense of urban space, it’s the most exciting place right now.

E:
You really are displaced from the ordinary.

S:
I drive around a lot, and just driving through places, things come into me very sharply. It’s as though people’s sensibilities gradually seep in. That’s where I’m influenced. Because that has reality, doesn’t it? Human beings make cities through what they produce. And I want to take that properly into my own body.

〈 The Next Work 〉

E:
What kind of thing are you trying to make next?

S:
The next one is really a reaction to killer7. I’m working on No More Heroes now. I often work through reactions.

E:
That makes sense. From the coldness of The Silver Case to the dreamlike quality of Flower, Sun, and Rain.

S:
Exactly—the complete opposite. And then from there to the hardboiled world of killer7. This time I wanted to depict a world that is entirely non-serious. The protagonist is a character named Travis, an assassin who carries a weapon something like a lightsaber. He’s a huge fan of Star Wars, a huge fan of Japanese anime—an absolute thoroughbred otaku.

E:
A thoroughbred otaku…

S:
And then, as an assassin, his talent suddenly blossoms. The image I had in mind was Josh Barnett, the fighter.

E:
I know exactly what you mean.

S:
If I remember correctly, Barnett didn’t really have much of a formal martial arts base. He basically learned by watching videos and obsessively imitating what he saw, then became stronger and stronger until he ended up a UFC champion. Travis is like the assassin version of that. He watches yakuza films and hitman movies until somehow he actually becomes strong at action himself. Then one day he is appointed number eleven in the national rankings. At that moment an agent appears and asks, “Will you kill them one by one, from number ten upward, and become number one?” He accepts. And then it becomes a story of social climbing. You kill them one by one. That’s the game. This time I want to depict a world that feels more open, more foolish, more ridiculous. It feels somewhat different from what I’ve done before.

E:
When will it come out?

S:
I think it should be released sometime this year.

E:
I absolutely want to play it. Today’s interview left me with a very hopeful feeling. Somehow, to know that someone making things with this much force is operating right in the middle of the world of selling products—that gives me hope.

S:
Yes. When you make things, you think a great deal about how to come to terms with business. In my case, since I’m running a company and supporting employees, I thought balancing the two would be difficult. But if you keep thinking of it as difficult, it only becomes more and more difficult. So I try not to think of it that way. And as I said earlier, one must not waver in believing in expression. Holding onto that without wavering seems, in the end, to be what brings results. In the end, perhaps it simply comes down to continuing. Because I kept going, we are able to meet like this now, and the company exists at all. Whether it blossoms as business is another matter. But I also feel that it will bloom. Without question.

E:
It absolutely reached me.

S:
If you take this kind of sensibility to its limit, something will emerge that nobody in the world has imagined. I call that invention. What the world needs are inventions. People like that must not disappear.

E:
I’ll inherit it, if only on my own.

S:
No, not on your own.

E:
There are so many people like shining stars, but I think we inherit these things nonetheless, whether we mean to or not.

S:
Especially for young people who make things, there are countless complicated worries. But even if one thinks through everything, making something always leads somewhere. Whatever one creates—no matter how pitifully it may be treated—connects to something. Sometimes I work on games based on anime properties, for example, and those often end unhappily. Fans of the original anime often have no interest in games, while people who love games often have no interest in anime tie-ins. In those cases, the game belongs nowhere. There are quite a lot of games with nowhere to belong, and while making them you can begin to realize it midway through. Since it is still something we ourselves have created, you think, “This game is truly pitiful.” But even then, I think one must not waver. One has to believe in it and make it anyway. Because perhaps some fan of the original work will happen to buy it, and perhaps that person, influenced by the game, will someday go on to make games—or begin making something else. And if that happens, then someday we may meet. Even if it is only one person, if that one person feels something through it, then that is enough. That is how I came to think. Which is why continuing to make things never betrays you.

E:
Thank you very much for this wonderful conversation.

September 6, 2007

须田刚一访谈

在世界范围内,存在着若干以近乎异常的创造力进行游戏创作的群体,而Grasshopper Manufacture无疑是其中之一。其创始人须田刚一,本是一个纯粹以打造至高电脑游戏为志业的创作者,然而其作品中却不断涌现出难以言喻的诡谲与不安、恐惧与宁静,以及贯穿始终的微妙松弛式幽默,总体而言弥漫着一种无法摆脱的不稳气息。与此同时,他确实开辟出一条唯有电视游戏方能抵达的表达之道的核心深处。他们将家用游戏软件视为绝非单纯娱乐之物,而是具有不可回避之锋利、危险与深度的存在加以发表。若要以一句话概括,人们或许会称其为“疯狂”,然而将其视作当今最强艺术形式之一的游戏实践,这一评价也并非毫无根据。Grasshopper或许有意识地,将“异常”嵌入日常之中,并在遵循资本主义规则的框架内使其逐渐渗透。电视游戏所具备的,由声音、光影、叙事与玩家之间相互完成所生成的幻视般异世界的强制引力,与深层冥想乃至幻觉体验颇为相似。1990年代问世的Twilight Syndrome、Moonlight Syndrome以及The Silver Case等作品,即便放诸所有表现媒介之中,也早已超越“游戏”的范畴,对部分体验者造成了难以名状且深刻的震撼。“这究竟还能被称为游戏吗?”玩家无疑经历了一种异常的体验,并隐约感知到世界中某种巨大的破坏正在发生。而至于为何必须进行这种破坏,其答案或许早已存在于每一个人的内心之中。正如新世纪福音战士播出之初所带来的冲击一般。所不同的是,相较于动画与漫画所累积的历史厚度,游戏在表面上仍被视为轻浅的消遣之物;然而回顾动画与漫画亦曾因其历史尚浅而遭受轻视,如今已成为强有力的艺术形式,那么这种偏见终将逐渐失效。甚至可以说,正是在被轻视的阶段,诞生出最为非常识且卓越作品的可能性反而更高。Grasshopper长期以来仅在一部分狂热爱好者之间作为“传说”被讲述,但在游戏业界创作者之间却获得极高评价,并在那些偏执而热爱的业内人士支持之下,不断推出近乎鲁莽的奇异作品。至2008年公司成立十周年之际,killer7与No More Heroes在海外市场实现了真正意义上的成功,由此吸引了大量狂热拥趸。若论充满不可解与激烈异常性的游戏本场,欧美固然占据重要地位,但须田刚一所创作的游戏却与其皆不相似,甚至显得更加异质与荒诞。在这十年间,一种几乎只能诞生于日本的、带有强烈异物感的独特游戏不断涌现。而在此背景之下,须田刚一向我们讲述了诸多思考与经验。

S:须田刚一
E:Ekusadataganawi

〈 须田先生登场 〉

E:
今天非常感谢您接受采访。首先真的,我完全被您这件衬衫击中了。

S:
这是我今天才刚穿上的。

E:
居然穿着科特·柯本的 T 恤登场……这完全超出了我的想象。

S:
一不留神的话,连科特都会跟着我一起把肚子显出来。

E:
我从《月光症候群》的时候起,就一直一边受到巨大的冲击一边玩您的游戏。那时候我从未见过创作者本人,也没看过任何采访,只能单纯通过作品本身——通过那些被创造出来的游戏——和您进行某种心灵上的交流。无论是您的外貌,还是您的喜好,我当然都曾有过种种想象;可是,单从游戏传达出来的印象来看,我实在没想到会出现一件科特·柯本的 T 恤。可正因为您就这样出现了,反而让我有一种无法言说、却非常能够接受的感觉。

S:
是吗。

E:
您喜欢科特·柯本吗?

S:
普通地喜欢吧。

E:
普通地喜欢……

S:
他去世的时候,我也是普通地受到了打击。那时候我正好在做《Fire Pro》。

E:
《Fire Pro Wrestling》吗?

S:
那部作品的剧情里,主人公也会死,而且设定成用猎枪自杀。结果被《Fire Pro》的粉丝骂得很惨,在网络上很快就被批得体无完肤。

E:
还是在网络还没真正热起来的时代。

S:
是啊。音乐方面的话,我喜欢 Grunge,不过更偏爱英国的 Post-punk。朋克之后的音乐我一直在听,那才是我最核心的部分。

E:
哎呀,关于英国那边的朋克,我也从朋友那里听说过,但在我的印象里,并没有把那条线一路延伸到科特·柯本,所以听到这里真的很惊讶。

S:
我以前其实不怎么听美国音乐,不过 Grunge 出来的时候,确实就是很自然地觉得“真帅啊”。

E:
“很自然地”吗(笑)。

S:
像吉他的音色啊,还有 Nirvana 也是,不过 Steve Albini 的制作工作也特别好,所以我一直在追那些东西。

E:
我自己最近也重新在听。以前我也喜欢科特·柯本的音乐,不过最近又常常拿来听,就在这一周左右,我还一直在听。完全没有什么特别原因,只是忽然想:现在再去看科特·柯本、再去看 Nirvana,我会怎么想呢?于是就在 YouTube 上看了看。结果今天您居然这么堂堂正正地穿着它出现了(笑)。

S:
我很喜欢 Hysteric Glamour,而他们正好今年开始做科特·柯本特集。所以我就把能买的都买了。

E:
(笑)明明距离他最巅峰的那个时代已经隔了这么久,可我不知为何,也又突然想重新看看科特·柯本了。

S:
就是会有这样的周期吧。

E:
总觉得,好像那个周期真的来了。我自己也是。首先这一点就已经让我很惊讶了。真的很帅。

〈 都市观 〉

E:
我最先想请教须田先生的,其实是您对于都市的看法。您的游戏里,即便从很表层的意义上说,都市也总是出现。那种东京的感觉,或者说都市的感觉,在我看来是一种我从未见过的感受——无论是真人电影还是漫画里都没见过——一种带着空虚感的声音和影像。我最先在意的是:须田先生究竟是哪里出身?因为那种风景似乎非常明确地显现在您的作品里,所以我一直很好奇,那风景究竟从何而来。

S:
我是长野出身。不过在七岁还是八岁……不,可能更早,大概六岁左右的时候,我曾去过千叶住过一年。

E:
千叶吗?那也是个相当浓烈的地方啊。

S:
虽然不是东京,但那一年对我的影响非常大。那里有五个民营电视台。而那时候的长野只有两个频道,只能接收到东京五分之二的信息量,非常稀薄。可到了那里,一下子就增加到两倍以上……我变得无可救药地喜欢电视。偶尔也会被带去东京嘛,那时看到的风景,对我来说真的是一种未来都市的氛围。就像手冢治虫漫画里会出现的那种 Metropolis 的感觉,或者说,那种昭和时代想象中的未来都市形象,深深烙在了我脑子里。后来高中毕业,我来到东京,面对现实中的东京时,就会产生一种想要弥补那个理想与现实之间落差的感觉。怎么说呢,我在作品里想描绘的,其实有一种“寻找归属之地”的东西。那既不是朋友,也不是某个可以常去的地方,总之并不属于哪里。而我自己其实也喜欢那种“不属于俗世”的感觉。

E:
我自己也喜欢。

S:
其实心里某处是明白的吧。明白自己无法真正归属。年轻的时候,人总会有各种过度的反应,像是一种反抗似的。我会把那样的感受,放进都市的意象里去描写。我经常会描写犯罪者,但比起他们的犯罪行为本身,我更在意他们为什么会在都市里犯下罪行。当我试着沉入他们的世界时,就会发现,那终究还是一种寻找位置的问题——他们的归属到底在哪里。也正是从那里开始,我去描绘都市。所以,与其说我在写一个犯罪者做了什么,不如说我更常从他们为何会走到那一步、他们在都市里究竟想了些什么出发,去生出某种故事,去思考某种故事。就这一点而言,我心中的都市观是非常强烈的。

E:
此刻聆听之中,我不禁感到一阵微妙的震动——最初所指向的地点竟是千叶县,这一点似乎格外耐人寻味。它并非位于东京的正中央,而是从一种更为边缘的、近乎郊外的视角去凝视这座城市,由此显现出一种宛如废墟般的气息,甚至带有某种遗迹式的质感。从一个能够俯瞰东京的立场出发,同时又降落在一个缺乏归属之处的所在,我隐约觉得,正是这种状态构成了我在体验须田先生作品时始终感受到的那种独特的“偏离感”——一种轻微错位的存在方式,一种始终拒绝给予安稳的氛围。它不断唤起某种难以言喻的不安,使人陷入持续而深层的心理动荡之中。

S:
是啊,我觉得那其实是一种和玩家之间的紧张关系。

E:
那种紧张感异常地强。

S:
我并没有系统地学习过所谓正统的剧作,也没打算去学。我一直觉得,讲故事这件事,本质上是一场对话的战斗。我要去想玩家现在在想什么,再据此安排剧本。而当我意识到玩家此刻正在那样思考时,我有时又会故意打破那种紧张感。当然,那也有让人感到舒服的一面。

E:
明明一直感到一种非常不舒服的不安,但那种不安本身却又逐渐变得让人上瘾。对我来说,我一直看不穿那到底是有意为之,还是一种天然流露,所以我总在想:“这个人本质上究竟是哪一种人呢?”但照您刚才的说法,那一带似乎是相当有意图的。

S:
我觉得,两者都有吧。

E:
两者都有。

S:
有些东西,连我自己也控制不了。会有角色自己跑起来的时候。像是我什么也做不了,只能去描写。不过,如果能让人感受到那种状态,我会很高兴。真的非常感慨。

E:
我身边也有几位朋友,从很早期开始就对您的作品产生了极强反应。而那些人,果然也都是在创作东西的人。所以我一直觉得,您的作品特别容易击中那些“也在制造某种东西”的人。

S:
即使在游戏业界内部,也是做游戏的人特别支持我,某种程度上,一直是被他们支撑着走到今天的。

〈 市场 〉

E:
从我玩您游戏的感觉来说,您做的游戏,好像并不是单纯为了工作、为了挣钱才诞生的。我自己也画画,也做音乐,可从您的游戏里,我感受到的是一种超越这些门类本身的创作力量。我很想知道,那种力量究竟是因为什么而产生的。

S:
毕竟游戏本来就是工业产品嘛。所以它当然必须成为一种商业行为。但我还是会从很根本的层面去想:为什么我会在做电子游戏?

E:
是啊,我确实一直有这种感觉。

S:
归根结底,还是希望更多的人能玩到吧。像《俄罗斯方块》也好,《太空侵略者》也好,它们最初并不是为了赚钱才被制造出来的。它们是从“想让尽可能多的人碰触到这种新的发明”那样的地方开始的。所以,我自己做的东西,也不是想在现有市场、现有商业逻辑里去获取多高的利润。相较于商业上的成功与否,更重要的是,必须先去做出能让很多人去玩的东西。否则,在商业成功之前,它作为电子游戏本身就已经堕落了。对我来说,我想做的东西必须是一种发明。至少,我会尽可能这么想。

E:
发明。

S:
所以,最重要的,就是尽量去做别人没想过的东西。当然,前提是有那个机会。如果发行商或者客户说那不行,那我也只能另外去想。幸好在我们这里,经常会被允许自由发挥,也常常有人对我们说:“请做些新的东西出来。”所以在那种时候,我就会尽量只凭最初的冲动去做。我想,您之所以会闻到那种气味,应该就是因为这个吧。虽说是游戏,但我还是希望它能去和绘画、文字、电影,以及一切被称作艺术的东西正面交锋。

E:
对,真的是这样。

S:
所以每次只要有机会去做那种自由的游戏,我都会非常拼命地去构想。

〈 作为声明文的游戏 〉

E:
我从小学开始接触游戏,真的非常喜欢,也算玩过很多很多作品。但须田先生的游戏,显然散发着截然不同的空气,我一开始真的非常困惑。

S:
是啊。就连我自己回头想,也会觉得:我还真是做了不少奇怪的东西啊。

E:
第一次玩《月光症候群》的时候,我几乎陷入一种混乱状态,甚至会想:“这样的东西,真的可以上市吗?”可也正因为如此,我才意识到:原来真的有人,在这个时代里开始做如此不得了的事情了。

S:
我确实被骂了。连部长都骂得很厉害。

E:
那当然会被骂吧。

S:
他说:“你到底打算干什么?”而且那时候正好碰上酒鬼蔷薇事件。很多表现都做了自主规制。如果是在那之前,其实原本还可以更狠一点。不过即便是后来发行出来的版本,也已经相当有冲击力了。于是就有人问我:“你到底想做什么?”

E:
到底是要往哪里去?又是做给谁看的?甚至会让人担心:这个人这样做,真的没问题吗?可正是那样一种复杂的东西,形成了极其强烈的吸引力,让我觉得:这已经不是我一个人能够承受的谜了。我当时就直觉到,这种东西今后一定会被更多人接触。

S:
那部游戏,其实就像一篇声明文。在那之前,我也曾在《Fire Pro Wrestling》里写过自己的剧本,想借着职业摔角这个世界,不是去做一个模拟器,而是去宣言:游戏也可以讲述故事。也就是说,我觉得,与其等以后再去做自己想做的事,不如在进入游戏业界之后,尽可能早地把它宣言出来。而《月光症候群》在当时,某种意义上就像是我的初志表明——它是一份声明,宣告我将会去创作超越“游戏框架”的东西。因为我知道,今后如果要在“游戏之道”上继续走下去,这部游戏绝不能做得温吞。仿佛有什么东西迫使我必须那样去做。于是,才有了那部作品。而也正因为有了那部作品,后来我才能独立,才能成立这家公司,才能有今天这股势头。那部作品本身,成了一种反作用力。像是“过去的自己”,在推着“现在的自己”往前走。

〈 空间的意象 〉

E:
因为我从小就在玩游戏,所以对于游戏音乐、游戏画面,那种游戏所表现出来的空间意象,我一直会感到一种与现实空间完全不同、甚至非同寻常的东西。

S:
游戏画面,或者说映在电视里的那个彼岸世界,本身就拥有一种压倒性的力量。我会在那里感受到某种无比惊人的“像素的闪烁”。如今它正逐渐被 CG 的世界取代,但即便如此,我还是觉得,在一个像素、一个点构成的世界里,仍然可能诞生出更惊人的东西。像素本身就是有表现力的。我们小时候的电子游戏,比如《平安京 Alien》啦,《Elevator Action》啦,其实都挺奇怪的。

E:
确实很奇怪。

S:
那是一个非常混沌的世界吧。一个极其扭曲的世界,仿佛人只能生活在那里面。可反过来说,也正因为如此,那个时代的想象力才格外丰沛。游戏创作者在那个时代,几乎是什么都可以做的。我有时会想,那种魅力也许如今已经渐渐消失了。

E:
我也有这种感觉。

S:
这其中当然也有一种执拗在,但从更本质的层面来说,我是接受着那样的电视游戏洗礼长大的。所以我一直想:我也要继续做出同样本质的东西。

E:
“像素的闪烁”这个说法,让我一下子获得了非常强烈的画面感。虽然没法用语言说清,但那确实是一种超越了表层视觉的闪耀,某种非比寻常的东西就在其中萌芽。

〈 欧美游戏 〉

E:
须田先生也喜欢欧美游戏吗?

S:
是的。影响过我的作品里,有很多都是欧美游戏。尤其是一位法国游戏创作者,Éric Chahi,他做过一部被称为名作的《Another World》,以及续作《Flashback》,我都非常喜欢。我刚进游戏业界不久就知道了《Another World》,而那时我第一次真正意识到:“原来游戏也可以拿来做表达。”如果你亲自玩过就会明白,它固然是一款结构扎实的动作游戏,但它会把你带去一个不得了的世界。

E:
一个“不得了的世界”(笑)。

S:
它让我意识到:“原来这世界上真有人在做这样的游戏。”而我既然已经进入这个行业,站到了和他们相同的立场上,我就会想:“我要超越 Éric Chahi。”也正是因为这样,我才开始认真地去看欧美游戏。另外,海外的技术提升得非常快,日本与他们之间的差距也开始拉大。作为业内人士,我经常会去观察他们的技术,因此接触欧美游戏的机会也越来越多。

E:
我最近在玩《Half-Life 2》,那游戏实在太厉害了。

S:
它那种推进方式,的确非常了不起。

E:
从红白机、《太空侵略者》那个时代开始,那种强烈的像素色块,那种几乎像象征一样会直接投射进心理的画面,后来随着技术进步、精度提升、空间演算变得越来越复杂,那种早期强烈而象征性的画面,好像一点点消失了。可是,在玩《Half-Life 2》的时候,我突然有种预感:一种不同于过去那种“画面观看方式”的、能把人逼疯的新视觉,或许又开始出现了。

S:
是啊,那就像一种新的装置。确实会有那样的感觉。

〈 多样性、层级 〉

E:
想再回到游戏本身的话题。刚才我们提到“不安感”,您的游戏里常会出现一些与直接剧情似乎没有关系的文字和颜色。那种东西究竟是怎样的发想才会生出来的呢?

S:
我是想做“层级化”。

E:
层级化……

S:
游戏基本上是由企划、程序、图像和声音这四个支柱构成的。这里面我能做的,基本就是企划。但企划本身没有“产品”可言。生产出来的大多数东西,其实都是图像素材;程序员会去改造它们,再通过编程把它们投射进游戏里。相比之下,企划似乎什么都没有生产出来——这就是现实。不过,企划也可以通过“语言”来填补这个空缺。对我来说,我唯一的武器就是语言。那我就会想:凭借自己的剧本,到底还能做什么?最直接的当然就是让人去读文字。但如果把这些文字和图像结合起来,再让程序员通过程序去拉出线条之类的东西,就会形成非常美的设计。通过以几个不同层级去展示它们,我所写下的语言就会被赋予不同的意义。只要在文字旁边放置一张不同的图,即便它们之间原本毫无共通点,也会自然地产生关联性。再加上声音,再通过程序让一些莫名其妙的文本流过去——

E:
是啊,会流出来。

S:
当那样的词语出现时,它和别的东西之间的关联性就会诞生,也就是说,层级就出现了。我一直觉得,游戏这种媒介,也许是能够实现“多重层级表达”的。这里面多少受了戈达尔的影响。

E:
哦。

S:
在戈达尔的电影《新浪潮》里,两个人正在说话,画面却会突然切成黑底,只出现文字。于是,在那一瞬间,就会生出完全不同的意义。接着,又会插入一段与他们对话不同的法语独白。也就是说,在一个场景里,居然能同时存在两层、三层的世界。我就会想:如果电影能做到这一点,那游戏一定也能做到。

E:
原来如此。

S:
我真的觉得这种手法非常厉害。所以我一直想把这种手法推进到三层、四层、五层。对我来说,那几乎已经是一生要做下去的事情了。我不想让游戏只讲述一个单一的东西,我希望里面有一种极其多样化的东西,像无数条线同时在奔跑。说到最极端的话,我甚至想创造出一种“无法被完全拾取的信息”。

E:
那确实是我以前从没见过的东西。那种“无法被完全拾取的信息”,会让人的脑子像被搅拌一样。

S:
我希望它能脱离我的手。比如说,我做一个自动单词生成工具,它能从文本里随便挑词,再把有相关性的词不断抓出来,用 AI 去自动组装。那样一来,不就已经完全脱离我的控制了吗?实际上,也已经有一些拥有可怕 AI 的游戏,会让故事自行生成。那种多样性,那种不断扩张的广度,本身就是非常可怕的。

E:
确实,那会变成相当可怕的东西。不过刚才那段话真的让我很受冲击。原来那些设计里,竟然寄托着如此深的想法。

〈 冷的意象 〉

S:
我并不是那种特别会讲道理的人。不过当时团队只有四五个人,几乎没有多少专门画图的人。所以有时候不得不让程序员去做设计,否则信息量就不够。这其实是从那样的现实条件里生出来的点子。但后来我还是持续做类似的事情,因为我真的很喜欢程序员做出来的设计。

E:
的确会让人感到一种冷感。

S:
程序员最讨厌不讲道理的东西,他们就像数学家一样。他们做出来的设计,带着一种冷冷的感觉,而那种冷又非常迷人。

E:
那种冷感,似乎和游戏空间本身紧紧纠缠在一起。

〈 职业摔角 〉

E:
我一直很想听您谈谈,您对职业摔角究竟有怎样的情感。

S:
是啊,我真的非常喜欢职业摔角。从 Tiger Mask 那个时代开始,我就完全沉迷其中,几乎一天二十四小时都在想着摔角。

E:
那是从小就开始了吗?

S:
对。大概是小学四五年级的时候吧,Tiger Mask 在藏前国技馆打出道战的时候。从那时起,我就一直喜欢职业摔角。那个时代的资讯来源几乎只有书,所以像《月刊职业摔角》之类的文字,我什么都拿来读。

E:
您究竟是被职业摔角的哪一部分吸引到如此程度呢?

S:
已经不是语言能说清的了。Tiger Mask 的动作实在太帅了。那时候在我眼里,他就是全世界最帅的人。

E:
但您当时同时也是个游戏少年吧?

S:
是的,是个玩家。而且还是动漫宅。

E:
肌肉的世界,按理说应该和那些东西相当对立才对。

S:
是啊。不过职业摔角本身就是角色的宝库。我也被那些招式的美感深深吸引。看着看着,就会出现那种“某某选手的某个招式特别喜欢”的感觉。还有,当时的新日本职业摔角常常会去海外远征,海外的摔角手也会来日本,日本也会播出在海外举行的比赛。比如说,“有新的选手要从纽约麦迪逊广场花园过来”,或者“猪木在德国斯图加特吃败仗——‘斯图加特的悲剧’”之类的。对我来说,正是通过职业摔角,世界才第一次显现出来。

E:
是通过职业摔角看见了“世界”……

S:
对。像非洲的国家、泰国、波多黎各、墨西哥,都在做职业摔角。那时候,对我来说,能和世界直接连接起来的东西,几乎就只有职业摔角。我想,正是通过它,我第一次知道了:“啊,原来世界是存在的。”

E:
那也同样是从电视里流出来的东西吧。

S:
对,全都是从电视里来的。

E:
通过电视、杂志,想象力一点点膨胀起来。于是,您最初开始制作的,就是职业摔角游戏。

S:
在游戏这个领域里,确实是这样。

〈 足球 〉

E:
您的游戏里也会出现足球的话题。您现在也看足球吗?

S:
会看。其实我进入足球,是先从音乐进去的。我很喜欢英国音乐,尤其喜欢 The Smiths,而他们来自曼彻斯特。说到曼彻斯特,自然就是曼联了。

E:
原来是从曼彻斯特的音乐进入的。

S:
没错。有一次我刚好在电视上看到曼联的比赛,看到了埃里克·坎通纳那记“功夫飞踢”。他的举止,根本不像个足球运动员,简直就像摇滚明星。真的太帅了。后来又出现了贝克汉姆、吉格斯这样的超级明星。像贝克汉姆,哪里像个足球运动员呢?他们和职业摔角一样,都既是好看的男人,又都有自己的必杀技,比如早传啊什么的。对我来说,那是个非常容易理解的世界。于是,在我心里,足球和职业摔角一下子就严丝合缝地连在了一起。

E:
确实很好理解。我自己也会觉得,足球和职业摔角,好像都很让我着迷。像是一种令人目眩神迷的世界。

S:
目眩神迷的世界(笑)。那种南方异国之地、异教徒文化般的东西,对我影响非常大。它会慢慢地渗进身体里。“真厉害啊——”会有这种感觉。

〈 山寨感 〉

E:
您职业摔角游戏里那些故意有点像、又带点搞笑的名字,是谁起的?

S:
我那一系列里出现的,全都是我起的。

E:
那种带着点冷笑话感的东西,我也特别喜欢。

S:
我会想个三天左右。

E:
那种在严肃、空虚的气氛里,突然插进来非常无聊、非常脱力的笑点,真的很……

S:
确实会有。像那种让人一下子泄了气的东西。很多都挺随便的吧。像是一种赝品的趣味,或者说山寨货的趣味。

〈 大叔 〉

E:
像《银色事件》,以及后来的《killer7》,我都能从中感到一种“年长之人仍在奋力支撑”的东西。您对“衰老”有什么样的想象呢?

S:
说到底,我对于“大叔”的描写,最强的一点,其实是把“我希望自己成为的样子”投射进去。我一直是在没有父亲的状态下长大的,所以对“父亲形象”其实没有太多概念。不过,我妻子的父亲是一位警察,而他是个非常诚实的人。那种以“正义”之名,作为警察去履行职责、去坚守到底的男人的觉悟,实在不是半吊子的东西。他的背影在我心里留下了很深的印象。我就会想:我也想成为一个洁净、利落的大人。人总是会想尽可能活得干净吧。虽然我自己身上也有丑陋的部分,也有想蒙混过去的时候;我也想过,有一天一定要把这些东西清算掉,可现实又没法活得那么顺利。所以现在心里也还是会有软弱。但我会想,等我真正成了大叔的时候,我想成为一个能够把这一切都吞下去的人。我总想往“大叔”这个形象里注入些什么。像是“等我过了四十岁,我也想成为和这家伙一样的人”——我大概一直在往里投掷这种东西吧。

E:
我真的很感动。

S:
不过我并不是要美化“大叔”这种存在。只是,虽说我也不太想讲怀旧的话,但所谓昭和时代的日本,不是正在这个时代一点点崩塌吗?我们小时候,应该都相信过吧:日本是个非常强大的国家,有许多巨大的大人们,他们支撑着这个国家,也支撑着眼前的自己。可等到我们自己真正变成大人的那一瞬间,那种幻想却一下子碎裂殆尽。正因为如此,我才会觉得,等我们这一代人成为大叔的时候,必须要强大才行。

E:
《银色事件》里那种鬼气逼人的感觉,真的是让我感到一种非常异常的真实感。原来那里面,的确含有如此切实的现实。

S:
是啊。有些东西,只有从自己的肉体里往外挤出来,才能画得出来。《银色事件》基本上几乎百分之百是通过我的身体去做的,做到几乎像让它变成自己的血液一样。

E:
我那款游戏其实反复玩了很多遍。虽然反复玩,也还是不太明白(笑)。可它很奇怪,仿佛“懂”和“不懂”之间根本没有什么边界。我却莫名其妙地从里面感受到某种希望,某种前向的情感。啊,原来如此。那并不是用头脑去理解的东西,而是像把您已经化成血肉的东西,直接也注入到我的血里一样。确实一直有那种感觉。

S:
听到这样的话,我很高兴。

E:
原来如此……太让人感动了。

S:
能被人这样感动,我也真的会觉得:啊,做这个游戏真是太好了。真的很高兴。

E:
那款游戏真的浓得不得了。

S:
像那样张力的东西,我想也许只有在那个时期才能做出来吧。现在我在做的是别的东西,所以我反而更觉得:那个时代能把它做出来,真的是太好了。

E:
原来如此,原来如此……您刚才提到岳父是警察,这真的是平时很难听到的话。

S:
也许我确实没怎么在别的地方说过。

〈 空虚感 〉

E:
后来到了《killer7》,日本在里面被毁灭了,对吧。那种近乎轻描淡写地让日本走向灭亡的处理方式,让我感到一种极深的空虚。那一带的发想,又是从哪里来的呢?

S:
在《killer7》里,“描绘美国与日本”这件事,从一开始就是某种被规定下来的任务。

E:
被规定下来?

S:
那是我第一次在制作时,将海外销售纳入视野。《killer7》也是一部要让我在世界范围内出道的作品,所以主人公必须是外国人。于是,当我这个日本人要以一个外国角色为主角去做游戏时,我就开始想:自己究竟能做出什么?最后我觉得,如果不让它与“日本”发生某种联系,我就无法真正去写。于是我想到:在美国存在着某种来自日本的代理人,他们把日本与美国的政治联系在一起——我想写这样一个故事。既然是动作游戏,自然会有战斗。但比起战斗本身,我更想通过故事,把它背后的东西好好传达出来。所以,我所描绘的世界,与其说是在描写大国之间冲突的现场现实,不如说是在描写那背后蠢蠢欲动的政治家、代理人之间的往来。那才是我真正想写的。因此,真正那些不得了的事情发生时,往往会显得很突然。

E:
的确都来得很突然。

S:
现实不也差不多就是这样吗?当某件事真正发生时,比如我们自己作为当事人发表些什么,对世上的人来说,不也往往是突如其来的吗?可对真正参与其中的我们而言,在发表之前,其实早就经历了很多细密的、内部的过程。我想,个体那种琐碎而周密的作业,和最终真正发生的那种巨大而戏剧性的事件之间,存在着很大的落差。我想描绘的,就是那种落差本身的真实。我觉得,那也许才是现实的视角。不是把一切都夸张化,而是想稍微打破一下通常讲故事的方式。

〈 错位 〉

E:
您的游戏,总让我觉得,无论设计还是剧本,都因为彼此交缠而形成了一种前所未见的图像,所以各种东西似乎都被放置在“通常以为它该在的位置”之外。就连今天这件 T 恤,也让我有种被“错位”了一下的感觉。那种“不许你以为自己已经懂了”的感觉,非常强。

S:
我自己也许确实会去把东西错开一点吧。不过到底是不是这样呢,我自己也说不好。也许,我就是不愿意把事情做得太好懂。

〈 大卫·林奇 〉

E:
我听说您非常喜欢大卫·林奇。

S:
是的。我特别喜欢《Twin Peaks》。录像带开始出租那天,我还把家附近所有的录像店几乎都跑遍了,好不容易才找到。那时候我真的是燃得不得了。脑子里大概有百分之八十都被《Twin Peaks》占据,剩下百分之二十是职业摔角。

E:
您的游戏气息,虽然和大卫·林奇并不相同,但总有某种地方会突然让人“对上频率”。所以我很想问,您究竟是以怎样的感受来看待大卫·林奇的?

S:
怎么说呢,我当然是喜欢他的。不过,我总觉得,林奇并不是“电影”,而是“大卫·林奇本身”。我非常佩服他那种做东西的姿态。那和衰老之类的事根本无关。那种一贯到底的东西,对创作而言是最迷人的地方。所以在意志这个层面上,我非常喜欢他。而且,我也很喜欢他每次都把作品搞得乱七八糟,还会把同样的梗放进不同电影里反复使用,那种近乎迟钝、近乎无所顾忌的劲头,我也特别喜欢。我有时会想:要是自己也能像他那样无所顾忌就好了。

E:
虽然完全是题外话,但我总觉得,如果须田先生和林奇真的对谈起来,一定会非常有意思。

S:
我真想在死之前见一次大卫·林奇。

〈 茨城 〉

S:
我最近特别喜欢茨城。怎么说呢,茨城像是关东的魔窟一样的地方。那边好像特别容易发生猎奇型的杀人事件。我就会想:“为什么偏偏在茨城发生?”后来发现,那边有很多和我、和我这一代差不多年纪、但很糟糕的人。开着那种后窗全都贴黑膜的厢型车,全身穿运动服,剃着平头——这种人的比例特别高。我会觉得,他们沾染犯罪的概率正在显著上升。人与人关系里的扭曲之类的东西,本来就会生出那样的事吧。而那些东西如今正在以一种新的形式,集中出现在茨城。再加上那种某种意义上“流过来”的、无意识的模仿,也在不断产生。现在这种东西在茨城特别多,我就会觉得:“哇,真有意思。”

E:
“有意思”这个词居然在这里出现了。这真的是非常新的感受。今后在须田先生的游戏里,会不会也出现茨城的要素呢?

S:
会吧。作为一种都市感,它现在是最热的。

E:
果然,还是您自己有点偏移啊。

S:
我经常开车到处跑。只要在路上开着车,那些东西就会一下子灌进来。像是人的感受,会慢慢渗透进来一样。我就是从那种地方受到影响。因为那里面有真实,不是吗?而且,正是人所生出的某种东西,构成了都市。我总想把那些东西,尽可能正确地纳入自己的身体里。

〈 下一部作品 〉

E:
那么,下一部作品大概会是什么样的方向呢?

S:
下一部啊,其实是《killer7》的反作用。我现在在做《NO MORE HEROES》。我这个人,常常会有很强的反动。

E:
是啊。像从《银色事件》那种冰冷的感受,一下子转到仿佛万物都在梦中的《花与太阳与雨》。

S:
对,就是那种彻底相反的转向。再之后又到了《killer7》那种硬派冷酷的世界。而这次,我想画一个完全“不严肃”的世界。主人公叫 Travis,是个杀手,拿着一种有点像光剑的武器。他是《星球大战》的超级粉丝,也是日本动画的超级粉丝,总之就是个彻头彻尾的御宅纯血种。

E:
“御宅纯血种”……

S:
然后,这家伙作为杀手,某种意义上天赋还意外地开了窍。形象上我是参考格斗家 Josh Barnett 的。

E:
我明白。

S:
Barnett 好像本来并没有特别系统的格斗基础,可他靠自己看录像之类的东西,因为太喜欢而不断模仿,结果越练越强,最后甚至成了 UFC 冠军。Travis 就是那种“杀手版”的 Barnett。他因为看太多任侠片、杀手电影,结果真的把自己练得会打了。然后有一天,他突然被任命为全美排名第十一位的杀手。就在那一刻,经纪人来了,对他说:“要不要从第十名开始,一个一个杀上去,成为第一?”于是他就答应了。故事就从这场向上爬的进程开始。一个接一个地杀过去,就是这样一款游戏。这一次,我想画的,是一个一下子彻底敞开、有点愚蠢、很荒唐的世界。我感觉它和以往会有些不同。

E:
那大概什么时候会发售呢?

S:
我想,应该会在今年之内吧。

E:
我一定想玩。今天这场采访,真的让我感受到一种非常积极、向前的气息。怎么说呢,我觉得特别振奋。像您这样的人,在一个必须卖出东西、必须在市场最中心地带持续创作的世界里,依然这样做着东西,对我来说本身就是一种希望。

S:
是啊。创作的时候,如何与商业达成某种平衡,我也一直在想。尤其我还带着员工一起做,要保持那个平衡确实很难。但如果一直想着“这很难”,它就真的会越来越难。所以不如不要想得太难。还有,正如我刚才也说过的,对“相信表达”这件事不要动摇。能一直毫不动摇地维持那一点,我觉得某种结果也正是因此才会出现。归根结底,大概就是要一直做下去。因为一直做下去,所以今天我们才会见面,公司才会存在。当然,那是否会作为商业真正开花,又是另外一个问题。不过,我也觉得,它终究是会开花的。毫无疑问。

E:
它确实已经传递到了我这里。

S:
如果把这种感觉不断推到极限,我想,这世上就会诞生出别人根本想不到的东西。我认为那就是“发明”。而这个世界真正需要的,就是发明。做这种事的人,不应该消失。

E:
我就擅自把它继承下去了。

S:
不,不是“擅自”。

E:
世上有很多像星一样闪亮的人,而我觉得,人终究会那样自然而然地把它继承下去。

S:
尤其是年轻的创作者,肯定会有很多复杂的烦恼。但哪怕想得再深,创作出某个东西这件事,本身绝对会连接到什么。无论遭遇多么可怜的境地,做出来的东西一定会通向某处。比如我有时候也会做动画原作改编的作品,而这种情况常常会导向一种不太幸福的结果:喜欢原作动画的粉丝,很多人对游戏没有兴趣;而喜欢游戏的人,又往往对动画原作作品没有兴趣。于是,那部游戏就会变得哪里都不属于。其实有很多游戏,都是没有归宿的。甚至连我们自己在制作过程中,也会渐渐意识到这一点。明明是我们亲手生出的作品,却也会觉得:“这游戏真可怜啊。”但即便如此,我觉得也不能在那个地方动摇,还是得相信它去做。也许有一天,某个喜欢那部原作的人偶然买了这款游戏,然后因为它的影响,开始去做游戏,或者开始做别的创作。那样的话,将来总会有相遇的时候吧。哪怕只有一个人——只要那个唯一的人,能因为那作品而感受到些什么,那就已经够了。也是从那时起,我开始觉得:继续做下去这件事,是不会说谎的。

E:
谢谢您今天讲了这么好的话。

2007年9月6日

Entretien avec SUDA51

Il existe dans le monde quelques collectifs qui conçoivent des jeux d’une créativité presque anormale. Parmi eux, Grasshopper Manufacture s’impose sans conteste. Son fondateur, Goichi Suda, poursuit avec une rigueur presque ascétique l’idéal de créer des jeux vidéo d’une qualité absolue. Pourtant, les œuvres qui en émergent sont traversées d’une étrangeté difficile à nommer : une inquiétante étrangeté mêlée de terreur diffuse, de moments d’apaisement, et d’un humour subtilement désinvolte qui circule en filigrane, produisant une atmosphère profondément instable. Ce qui s’y révèle, c’est bien l’essence d’un médium propre au jeu vidéo, une voie que lui seul semble pouvoir ouvrir. Leurs productions pour consoles domestiques ne se présentent pas comme de simples divertissements, mais comme des objets dangereux, acérés, d’une densité rare. On les qualifie parfois, en un mot, de « dérangés ». Pourtant, les considérer comme l’une des formes d’art les plus puissantes de notre époque n’est en rien une exagération. Grasshopper semble, de manière délibérée, infiltrer l’anormal au cœur du quotidien, tout en opérant à l’intérieur même des logiques du capitalisme. La capacité du jeu vidéo — conjuguant son, lumière, narration et interaction — à projeter le joueur dans un autre monde, quasi hallucinatoire, relève d’une force comparable à celle de la méditation profonde ou de la vision. Les œuvres des années 1990, telles que Twilight Syndrome, Moonlight Syndrome ou The Silver Case, ont provoqué chez certains une onde de choc d’une intensité rare, dépassant largement le cadre du jeu. « Peut-on encore appeler cela un jeu ? » — telle fut sans doute la question éprouvée par les joueurs, tant l’expérience semblait étrangère, presque comme si une destruction fondamentale du réel était à l’œuvre. Et peut-être savaient-ils déjà, confusément, pourquoi cette destruction était nécessaire — à la manière de ce qui s’était produit lors de la diffusion de Neon Genesis Evangelion. La différence réside toutefois dans le fait que l’histoire du jeu vidéo, souvent perçue comme légère et ludique, n’a pas encore acquis le poids culturel de l’animation ou de la bande dessinée. Mais si l’on se souvient que ces médiums furent eux aussi jadis minorés en raison de leur jeunesse, il est probable que ce préjugé s’efface avec le temps. Peut-être même est-ce précisément dans ces périodes de marginalisation que naissent les œuvres les plus radicales. Longtemps, Grasshopper n’a été qu’une légende transmise entre passionnés, mais son influence parmi les créateurs du secteur est considérable, soutenue par une communauté d’initiés qui a permis l’émergence de projets audacieux, presque insensés. À l’occasion de son dixième anniversaire en 2008, des titres comme killer7 et NO MORE HEROES rencontrent enfin un succès tangible, notamment à l’étranger, donnant naissance à une base de fans fervents. Si l’on associe souvent l’étrangeté extrême du jeu vidéo aux productions occidentales, les œuvres de Suda ne ressemblent pourtant à aucune autre : elles se distinguent par une singularité radicale. En l’espace d’une décennie, une série de jeux profondément marqués par une altérité irréductible, qui n’aurait pu naître qu’au Japon, a vu le jour. C’est dans ce contexte que Goichi Suda a accepté de livrer ses réflexions.

S : Goichi Suda
E : Ekusadataganawi

〈 Apparition de Suda 〉

E :
Merci beaucoup d’avoir accepté cette interview aujourd’hui. D’abord, vraiment, cette chemise me terrasse.

S :
Je viens justement de l’étrenner aujourd’hui.

E :
Faire son entrée avec un t-shirt de Kurt Cobain… Je ne m’y attendais pas du tout. Cela dépassait complètement mon imagination.

S :
Quand je me relâche un peu, Kurt aussi commence à avoir du ventre avec moi.

E :
Moi, depuis l’époque de Moonlight Syndrome, je jouais à vos œuvres en recevant un véritable choc. Sans avoir jamais vu leur créateur, ni lu d’interview de lui, j’ai longtemps eu l’impression d’entretenir un dialogue intérieur uniquement avec vos jeux, avec les œuvres elles-mêmes. Quant à votre apparence, à vos goûts, je m’étais fait toutes sortes d’idées. Mais à partir de ce que les jeux transmettaient, jamais je n’aurais imaginé surgir un t-shirt de Kurt Cobain. Et pourtant, le fait que vous apparaissiez ainsi, d’une certaine manière, me semble maintenant profondément juste. Je n’arrive pas très bien à le dire, mais j’éprouve une sorte de conviction, de justesse.

S :
Ah bon ?

E :
Vous aimez Kurt Cobain ?

S :
Oui, tout simplement.

E :
Tout simplement…

S :
Quand il est mort, j’en ai été choqué, tout simplement. À ce moment-là, je travaillais sur Fire Pro.

E :

Fire Pro Wrestling ?

S :
Oui. Dans ce scénario aussi, le héros mourait, avec une mise en scène où il se suicidait au fusil de chasse. J’ai reçu énormément de critiques de la part des fans de Fire Pro, et j’ai été très tôt attaqué sur internet.

E :
À une époque où internet n’était pourtant pas encore très développé.

S :
Oui. Mais, sur le plan musical, j’aimais le grunge ; cela dit, je préfère plutôt le post-punk anglais. J’ai toujours écouté la musique née après le punk, et c’est là, au fond, le noyau de ce que je suis.

E :
Oui… J’avais entendu par des amis que vous aimiez le punk du côté britannique, mais je n’avais jamais imaginé que cela allait jusqu’à Kurt Cobain. Cela m’a surpris.

S :
Je n’écoutais pas beaucoup de musique américaine, mais quand le grunge est apparu, c’était tout simplement génial.

E :
Tout simplement, hein…

S :
Le son des guitares, notamment. Et puis avec Nirvana aussi, il y avait le travail de Steve Albini à la production, que je trouvais formidable. Je le suivais de près.

E :
Moi aussi, récemment… enfin, j’aimais déjà la musique de Kurt Cobain avant, mais je m’y suis remis. En fait, c’est précisément la musique que j’écoutais depuis une semaine environ. Sans raison particulière, je me suis demandé ce que je ressentirais si je regardais maintenant Kurt Cobain ou Nirvana sur YouTube. Et puis là, vous le portiez, si franchement…

S :
J’aime Hysteric Glamour, et justement, cette année, ils font une collection spéciale Kurt Cobain. Alors j’ai tout acheté.

E :
(Rires.) Il y a pourtant un certain écart avec l’époque de son apogée. Et malgré cela, pour une raison étrange, moi aussi j’ai eu envie d’y revenir maintenant.

S :
C’est une question de cycle, non ?

E :
Oui… J’ai l’impression qu’un cycle est revenu. En tout cas, ça m’a vraiment frappé. C’est très beau.

〈 Vision de la ville 〉

E :
Ce que je voulais d’abord vous demander, c’est votre vision de la ville. Dans vos jeux, la ville apparaît, au sens le plus concret du terme. Et ce sentiment de Tokyo, ou plutôt ce sentiment urbain, m’a toujours paru inédit. Une sensation qu’on ne voit ni dans le cinéma en prises de vues réelles, ni dans le manga : quelque chose de vide, dans les sons comme dans les images. Je me suis d’abord demandé d’où vous veniez. Parce que ce paysage affleure tellement dans vos œuvres que je voulais savoir d’où il provenait.

S :
Je suis originaire de Nagano. Mais quand j’avais sept ou huit ans… non, même plus tôt, vers six ans, je suis allé vivre quelque temps à Chiba.

E :
À Chiba ? Voilà qui est déjà très particulier.

S :
Ce n’était pas Tokyo, mais cette année-là m’a énormément marqué. Il y avait cinq chaînes de télévision privées. À Nagano, à l’époque, on n’en captait que deux. En gros, on ne recevait que deux cinquièmes des informations de Tokyo, c’était très pauvre. Et puis pendant cette année-là, tout a plus que doublé… J’en suis devenu fou de télévision. On m’emmenait parfois à Tokyo, vous voyez. Et les paysages que j’y ai vus me donnaient l’impression d’une cité du futur. C’était vraiment le sentiment d’une métropole comme dans les mangas de Tezuka Osamu, une image de ville futuriste très Shōwa qui s’est incrustée dans ma tête. Puis, plus tard, quand j’ai terminé le lycée et que je suis monté à Tokyo, il y a eu cette sensation de devoir combler l’écart entre ce Tokyo réel et celui que je portais en moi. Ce que j’essaie de décrire dans mes œuvres, au fond, c’est une sorte de quête d’un lieu où être. Ce n’est ni l’amitié, ni l’existence d’un refuge familier. On n’appartient à rien, au monde ordinaire. Et moi, ce sentiment de ne pas appartenir, je l’aime aussi.

E :
Moi aussi, j’aime cela.

S :
Quelque part, on le sait déjà, n’est-ce pas ? Qu’on ne peut pas appartenir. Quand on est jeune, on y réagit de façon excessive, avec une certaine résistance. Je crois que j’ai tenté de faire passer cela à travers l’image de la ville. J’ai souvent représenté des criminels, mais ce qui m’intéressait, ce n’était pas tant leur crime en soi que la raison pour laquelle ils finissent par le commettre dans la ville. Quand je m’immerge dans leur monde, cela part toujours d’une recherche de lieu, d’une question : où est leur place ? C’est à partir de là que je dessine la ville. Ce n’est donc pas tant l’acte criminel qui m’intéresse que la manière dont ils en arrivent là, ce qu’ils pensent dans l’espace urbain. C’est souvent ainsi que naît pour moi une histoire. En ce sens, oui, la vision de la ville est très forte chez moi.

E :
En vous écoutant à l’instant, j’ai été saisi d’un léger frisson : le fait que le point de départ se situe à Chiba Prefecture me paraît soudain d’une justesse remarquable. Ce n’est pas le cœur même de Tokyo, mais plutôt une position périphérique, presque suburbane, depuis laquelle la ville se révèle sous un aspect de ruine, comme si elle portait en elle la trace d’un vestige. Il y a là une manière de contempler Tokyo à distance, en surplomb, tout en se tenant dans un lieu dépourvu d’appartenance véritable. J’ai le sentiment que cette condition — être légèrement en décalage, jamais tout à fait ancré — produit précisément cette impression singulière que j’ai toujours éprouvée en jouant aux œuvres de M. Suda : une forme d’écart subtil, une atmosphère qui ne cherche jamais à rassurer. Elle suscite une inquiétude diffuse, une instabilité émotionnelle profonde, laissant persister en soi une sensation d’angoisse difficile à dissiper.

S :
Oui, je pense que cela tient à la tension avec le joueur.

E :
Une tension, il y en a énormément.

S :
Je n’ai jamais appris l’écriture de scénario de manière académique, et je n’ai jamais eu l’intention de l’apprendre. Pour moi, raconter une histoire, c’est une guerre du dialogue. J’imagine ce que pense le joueur, et c’est à partir de là que je construis le scénario. Puis, au moment où je sens qu’il est en train de penser telle ou telle chose, je peux décider de briser volontairement cette tension. Cela peut aussi être une façon de lui procurer du plaisir.

E :
On ressent un malaise très inconfortable, mais peu à peu cela devient presque agréable. Et je n’arrivais pas à savoir si c’était voulu ou si cela venait de vous naturellement. Je me demandais : “Quel genre de personne est-il vraiment ?” Mais à vous entendre, on dirait que c’est en grande partie intentionnel.

S :
Je crois que c’est les deux.

E :
Les deux ?

S :
Oui. Il y a des choses que je ne contrôle pas moi-même. Parfois les personnages se mettent à courir d’eux-mêmes. Moi, je ne peux rien faire d’autre que les dessiner, les écrire. Mais si vous le ressentez ainsi, cela me touche vraiment. C’est émouvant.

E :
J’ai aussi plusieurs amis qui ont réagi très fortement à vos œuvres depuis le tout début, et ce sont tous des gens qui créent eux-mêmes. J’ai vraiment l’impression que vos jeux résonnent profondément chez ceux qui fabriquent quelque chose.

S :
Oui, même dans l’industrie du jeu, ce sont surtout ceux qui créent qui me soutiennent. J’ai été porté par eux.

〈 Le marché 〉

E :
Quand je joue à vos jeux, j’ai le sentiment que ce que vous faites dépasse la simple logique du travail rémunéré, ou de la fabrication pour l’argent. Moi je peins, je fais aussi de la musique, et j’y sens une force créatrice qui excède les frontières mêmes des genres. J’aimerais comprendre d’où cela vient.

S :
Après tout, le jeu est un produit industriel. Il faut donc, évidemment, qu’il devienne un business. Mais à un niveau plus fondamental, je me demande souvent pourquoi je crée des jeux vidéo.

E :
Oui… je m’en doutais.

S :
Au fond, on veut que beaucoup de gens y jouent, n’est-ce pas ? Quand Tetris ou Space Invaders sont apparus, ils n’ont pas été créés pour faire de l’argent. Ils sont partis du désir de faire toucher à beaucoup de gens une invention nouvelle. Ce que je crée, moi aussi, ne vise pas d’abord à produire un profit maximal dans le marché tel qu’il existe actuellement. Avant toute réussite commerciale, si l’on ne fabrique pas quelque chose que beaucoup de gens puissent réellement jouer, alors, en tant que jeu vidéo, on tombe déjà dans la décadence. Ce que je veux faire, c’est de l’invention. Autant que possible.

E :
De l’invention…

S :
Oui. C’est pourquoi l’important, d’abord, c’est de faire ce à quoi personne n’a pensé. Quand l’occasion s’en présente, bien sûr. Si l’éditeur ou le client me dit que ce n’est pas possible, il faut trouver autre chose. Mais heureusement, dans notre cas, on nous laisse assez souvent travailler sur des thèmes libres, ou bien on nous demande : “Faites quelque chose de nouveau.” Alors, dans ces moments-là, j’essaie de créer presque uniquement à partir de l’élan initial. C’est sans doute pour cela que cette odeur-là, comme vous dites, se dégage de mes jeux. Parce que même si cela reste du jeu vidéo, je veux qu’il puisse lutter à armes égales avec la peinture, l’écriture, le cinéma, avec tout ce qu’on appelle art.

E :
Oui, vraiment.

S :
Quand j’ai la possibilité de faire des jeux libres, je mets à chaque fois énormément d’énergie à bâtir leur conception.

〈 Le jeu comme manifeste 〉

E :
Depuis l’école primaire, je joue aux jeux vidéo. J’en ai aimé beaucoup, j’ai vraiment le sentiment d’en avoir traversé beaucoup. Mais vos jeux dégagent d’emblée un air complètement différent, et au début cela m’a réellement déconcerté.

S :
Oui. Même moi, quand j’y repense, je me dis que j’ai fabriqué des choses étranges.

E :
La première fois que j’ai joué à Moonlight Syndrome, je suis entré dans un état de confusion. Je me suis dit : “Peut-on vraiment mettre une chose pareille en vente ?” Mais c’est justement à ce point-là que j’ai compris qu’il y avait là quelqu’un qui entreprenait quelque chose de terrible dans ce monde contemporain. Quelqu’un qui avait commencé à faire cela.

S :
Je me suis fait réprimander, vous savez. Même par le directeur du service.

E :
J’imagine bien.

S :
Il m’a dit : “Qu’est-ce que tu essaies de faire au juste ?” Il faut dire qu’à ce moment-là venait d’avoir lieu l’affaire Sakakibara. Il y a eu beaucoup d’éléments que nous avons dû auto-censurer. Avant cela, c’était encore bien plus brutal. Et même ce qui est sorti ensuite avait encore un certain impact ; on me répétait : “Qu’est-ce que tu cherches à fabriquer ?”

E :
Vers quoi essayait-il d’avancer ? À qui cela s’adressait-il ? Peut-il vraiment faire cela sans danger ? Toutes ces inquiétudes se mêlaient, et c’est devenu une force d’absorption terrible. J’ai eu le sentiment que cette énigme était trop grande pour être portée seul. Et j’ai eu l’intuition que ces œuvres finiraient par toucher bien davantage de monde.

S :
Ce jeu était une sorte de manifeste. Avant cela déjà, dans Fire Pro Wrestling, j’avais écrit un scénario pour déclarer que le catch n’était pas seulement un simulateur du monde du catch, mais pouvait aussi être un lieu où l’on raconte une histoire. En somme, j’ai senti qu’il fallait déclarer tout de suite, au moment même d’entrer dans l’industrie du jeu, ce que je voulais y faire — pas remettre cela à plus tard. Moonlight Syndrome, à ce moment-là, fut vraiment comme une profession de foi : l’annonce que j’allais créer quelque chose qui dépasserait le cadre ordinaire du jeu. Si je voulais m’engager sur cette “voie du jeu”, je ne pouvais pas faire ce titre mollement. Quelque chose m’y a poussé. Et c’est ainsi qu’est né ce jeu. Mais c’est précisément parce qu’il a existé que j’ai pu, ensuite, devenir indépendant, fonder cette société, prendre de l’élan. Il continue d’agir comme une force de retour. C’est comme si mon propre passé me poussait en avant.

〈 L’image de l’espace 〉

E :
Comme j’ai joué depuis tout petit, j’ai toujours senti dans la musique des jeux, dans leurs écrans, dans les espaces qu’ils expriment, quelque chose d’anormal, de très différent de l’espace réel.

S :
L’écran du jeu, ou plutôt le monde qui apparaît de l’autre côté du téléviseur, possède une puissance écrasante. Moi, j’y perçois l’éclat immense des pixels. Aujourd’hui, cet univers est en train d’être remplacé par la CG, mais malgré cela je pense qu’il reste encore des choses prodigieuses à faire naître dans le monde d’un seul pixel. Le pixel lui-même possède une force d’expression. Les jeux vidéo de notre enfance — Heiankyo Alien, Elevator Action, par exemple — avaient quelque chose d’un peu détraqué.

E :
Oui, complètement.

S :
C’était un monde très chaotique, un monde profondément tordu, où l’on ne pouvait vivre qu’à l’intérieur de cette torsion. Mais en un sens, cela signifiait aussi que l’imagination était alors extraordinairement riche. C’était une époque où les créateurs de jeux avaient encore le droit de tout faire. Peut-être que cette force-là s’est déjà un peu perdue aujourd’hui.

E :
J’en ai aussi l’impression.

S :
C’est aussi une question d’orgueil, mais, au fond, j’ai été initié par ces jeux-là, par cette télévision-là, et je veux, moi aussi, continuer à fabriquer des jeux dans cette lignée.

E :
L’expression “l’éclat des pixels” m’a donné une image très forte. C’est difficile à expliquer avec des mots, mais il y a quelque chose qui dépasse le simple visuel en surface, une lueur qui fait naître quelque chose d’extraordinaire.

〈 Les jeux occidentaux 〉

E :
Vous aimez aussi les jeux occidentaux ?

S :
Oui. Parmi les œuvres qui m’ont influencé, il y avait beaucoup de jeux occidentaux. En particulier Another World et sa suite Flashback, des chefs-d’œuvre créés par le Français Éric Chahi. Je les adore. J’ai découvert Another Worldpeu après mon entrée dans l’industrie, et c’est à ce moment-là que j’ai compris qu’on avait le droit de faire de l’expression artistique avec le jeu vidéo. Si vous y jouez, vous verrez : c’est bien un jeu d’action solide, mais il vous entraîne dans un monde absolument prodigieux.

E :
Un monde prodigieux…

S :
Je me suis dit : “Donc, quelque part dans le monde, il existe des gens qui fabriquent des jeux comme celui-ci.” Et comme j’étais devenu moi-même un professionnel du même domaine, j’ai pensé : “Je vais dépasser Éric Chahi.” C’est à partir de là que j’ai commencé à regarder sérieusement les jeux occidentaux. Ensuite, comme la technologie à l’étranger progressait énormément et que l’écart avec le Japon commençait à se creuser, je me suis mis, en tant que professionnel, à observer aussi leur technologie. C’est pour cela que j’ai eu plus souvent l’occasion de jouer à des jeux occidentaux.

E :
En ce moment je joue à Half-Life 2, et c’est quelque chose d’incroyable.

S :
La manière dont ce jeu fait avancer sa progression est remarquable.

E :
À l’époque de la Famicom ou de Space Invaders, l’écran imposait psychologiquement des images très symboliques, avec des couleurs pixelisées d’une violence presque primitive. Puis, à mesure que la technologie avançait, que la précision augmentait, que le calcul spatial devenait plus complexe, j’avais l’impression que cette violence symbolique des premiers écrans avait disparu. Et pourtant, en jouant à Half-Life 2, j’ai eu le pressentiment qu’un nouveau type de visuel, capable de rendre fou autrement, était peut-être en train de naître.

S :
Oui. C’est comme un nouvel appareil, un nouveau dispositif. On sent quelque chose de cet ordre.

〈 Diversité, stratification 〉

E :
J’aimerais revenir au jeu. Vous avez parlé tout à l’heure du malaise. Mais dans vos jeux, il y a aussi ces textes, ces couleurs, qui semblent n’avoir aucun rapport direct avec l’histoire. Comment cela naît-il ?

S :
J’ai envie de stratifier.

E :
De stratifier…

S :
Au fond, un jeu repose sur quatre piliers : la conception, la programmation, le graphisme et le son. Ce que je peux faire, moi, c’est la conception. Mais la conception ne produit pas d’objet matériel. Les choses produites sont essentiellement des éléments graphiques, que le programmeur ensuite transforme et projette dans le jeu. Par rapport à cela, la conception donne l’impression de ne rien produire du tout. Pourtant, même la conception peut combler cela par le langage. L’unique arme que j’avais, c’était les mots. Alors, quand je me demandais ce que mon scénario pouvait faire, il ne me restait au fond qu’à faire lire du texte. Mais si l’on combine cela avec du graphisme, si le programmeur ajoute par exemple des lignes ou d’autres interventions, il peut naître un très beau design. En montrant cela selon plusieurs couches, je peux donner un autre sens aux mots que j’ai écrits. Si l’on juxtapose un texte et une image différente, même sans aucun point commun apparent, une relation se met à exister entre eux. Puis le son arrive aussi, des fragments de texte incompréhensibles se mettent à défiler à l’écran par programmation…

E :
Oui, cela arrive.

S :
Et si, au milieu de tout cela, surgit un mot inattendu, alors une sorte de relation, de stratification, naît. Je pense que le jeu permet peut-être une expression faite de couches multiples. Là-dessus, je suis un peu influencé par Godard.

E :
Ah bon ?

S :
Dans Nouvelle Vague de Godard, deux personnages discutent, et tout à coup des mots apparaissent seuls sur fond noir, créant un tout autre sens. Ensuite un monologue en français survient, sans rapport avec leur dialogue. Autrement dit, il existe dans une même scène un monde à deux, trois niveaux. Et je me suis dit que si le cinéma pouvait faire cela, alors le jeu devait absolument pouvoir le faire aussi.

E :
Je vois.

S :
Je trouve ce procédé extraordinaire. Alors j’ai envie de l’approfondir jusqu’à trois, quatre, cinq couches. C’est même devenu un travail de toute une vie. Je ne veux pas parler d’une seule chose dans un jeu ; je veux quelque chose de très divers, où des lignes nombreuses parcourent l’ensemble. Au bout du compte, j’aimerais créer une information impossible à saisir entièrement.

E :
Je n’avais jamais vu cela auparavant. C’est vrai qu’on a l’impression d’être brassé mentalement par une information qu’on n’arrive pas à recueillir entièrement.

S :
J’ai envie que cela m’échappe. Supposons qu’on crée un outil automatique de génération de mots. Cet outil irait choisir aléatoirement des mots dans un texte, puis l’IA en assemblerait d’autres à partir de leurs relations. À partir de là, cela m’échapperait déjà totalement. Il existe d’ailleurs des jeux dotés d’IA terrifiantes où l’histoire se met à se fabriquer toute seule. Une telle diversité, une telle expansion, c’est quelque chose de réellement effrayant.

E :
Oui, c’est vrai, cela devient terrifiant. Mais ce que vous venez de dire est un choc considérable. Je ne pensais pas qu’une pensée si profonde se cachait derrière ce design.

〈 Une image froide 〉

S :
Je ne suis pas quelqu’un qui raisonne énormément, mais à l’époque nous n’étions que quatre ou cinq dans l’équipe, et il n’y avait pas beaucoup de graphistes. Il fallait donc demander aux programmeurs de produire eux-mêmes du design, sinon la densité d’information n’était pas suffisante. Cette idée est née d’abord de cette contrainte, mais ensuite nous avons continué à aller dans cette direction. Et j’aime beaucoup le design fabriqué par les programmeurs.

E :
Oui, on sent effectivement quelque chose de froid.

S :
Les programmeurs détestent ce qui n’obéit pas à la logique ; ce sont presque des mathématiciens. Le design qu’ils produisent a une froideur qui me fascine.

E :
J’ai l’impression que cette froideur s’articule très profondément avec l’espace propre au jeu.

〈 Le catch 〉

E :
J’avais vraiment envie de vous entendre parler de ce que représente pour vous le catch.

S :
Oui… J’adorais profondément le catch. À partir de l’époque de Tiger Mask, j’y suis devenu totalement accro. Je pensais au catch vingt-quatre heures sur vingt-quatre.

E :
Depuis l’enfance ?

S :
Oui. Depuis le moment où Tiger Mask a fait son premier combat au Kuramae Kokugikan, j’étais en quatrième ou cinquième année d’école primaire. Depuis cette époque, j’ai toujours adoré le catch. Et comme, alors, les informations ne passaient pratiquement que par les livres, je lisais tous les textes possibles, Monthly Pro Wrestling et tout le reste.

E :
Qu’est-ce qui vous attirait tant dans le catch ?

S :
Ce n’est même pas quelque chose qu’on puisse vraiment mettre en mots. Les mouvements de Tiger Mask étaient simplement incroyables. À mes yeux, c’était la chose la plus belle du monde.

E :
Vous étiez aussi déjà un garçon passionné de jeux à ce moment-là, non ?

S :
Oui, complètement. Et aussi un otaku d’animation.

E :
Le monde des muscles semble pourtant, à première vue, assez opposé à cela.

S :
Oui. Mais je crois que le catch était un trésor de personnages. J’étais également attiré par la beauté des techniques. À force de regarder, on finit par aimer précisément “la technique de tel lutteur”, de façon très ciblée. Et puis, à l’époque, la New Japan Pro-Wrestling partait parfois en tournée à l’étranger, des catcheurs étrangers venaient au Japon, et on diffusait aussi au Japon des combats organisés à l’étranger. “Un nouveau lutteur va venir du Madison Square Garden de New York”, ou bien “Inoki a été battu à Stuttgart, la tragédie de Stuttgart”… C’est à travers le catch que le monde m’est apparu.

E :
Le monde à travers le catch…

S :
Oui. L’Afrique, la Thaïlande, Porto Rico, le Mexique… tout cela existait aussi dans le catch. À l’époque, le catch était la seule chose qui me reliait directement au monde. C’est grâce à lui que j’ai compris : “Donc, le monde existe.”

E :
Et cela passait encore une fois par la télévision.

S :
Oui. Tout venait de la télévision.

E :
La télévision, les magazines, et l’imagination se mettait à enfler peu à peu. Et ce que vous avez commencé à créer d’abord, ce sont donc des jeux de catch.

S :
Dans le monde du jeu, oui.

〈 Le football 〉

E :
Dans vos jeux, il arrive aussi qu’on trouve des références au football. Vous regardez encore le football aujourd’hui ?

S :
Oui, j’en regarde. En fait, j’y suis entré par la musique. J’aime la musique britannique, surtout The Smiths, et ils viennent de Manchester. Or Manchester, c’est Manchester United.

E :
Bien sûr. Donc vous y êtes venu par la musique de Manchester.

S :
Exactement. Un jour, à la télévision, en regardant un match de Manchester, j’ai vu le coup de pied kung-fu d’Éric Cantona. Son attitude, sa manière d’être… ce n’était pas celle d’un simple footballeur. C’était une rock star. Vraiment magnifique. Et ensuite sont arrivées d’autres grandes figures comme Beckham ou Giggs. Beckham, lui aussi, ce n’est pas simplement un footballeur. Ce sont de beaux hommes, et, comme dans le catch, ils ont des techniques-signatures, des gestes fatals. Je me suis dit : quel univers lisible et fascinant. Dans mon esprit, le football et le catch se sont alors soudainement reliés.

E :
C’est vrai que c’est très lisible. Moi aussi, je me rends compte que j’aime à la fois le football et le catch. Il y a là quelque chose d’éblouissant.

S :
Éblouissant… Oui. Une terre du lointain, une culture presque païenne. Cela m’a beaucoup influencé. C’est quelque chose qui pénètre peu à peu le corps. On se dit : “C’est incroyable.”

〈 Les contrefaçons 〉

E :
Dans vos jeux de catch, il y a souvent ces noms à peine décalés, qui font rire d’une façon étrange. Qui les invente ?

S :
Dans ma série, tous ceux qui sont apparus, c’est moi qui les ai inventés.

E :
Ce côté un peu gag, justement, me touche énormément.

S :
J’y ai parfois réfléchi pendant trois jours.

E :
Dans cet univers à la fois sérieux, vide, et puis soudain traversé d’un rire complètement idiot, il y a quelque chose de…

S :
Oui, tout à fait. Des choses qui donnent envie de se laisser tomber de fatigue. Il y a beaucoup de trucs très approximatifs. Le drôle des faux, le plaisir des imitations douteuses…

〈 Les hommes d’âge mûr 〉

E :
Dans The Silver Case ou plus tard dans killer7, je ressens une sorte de “persévérance des hommes vieillissants”. Quelle image avez-vous du vieillissement ?

S :
Je crois que la manière dont je représente les hommes mûrs vient avant tout de l’image de ce que j’aimerais être moi-même. J’ai grandi sans père, donc je n’ai pas vraiment eu de figure paternelle. Mais le père de ma femme était policier. Et c’était un homme d’une grande intégrité. Cette résolution d’un homme qui accomplit son devoir de policier au nom de la justice, ce n’est pas quelque chose de léger. J’ai gardé très fortement cette image de son dos. Je me suis dit : “Je veux devenir un adulte digne, net.” On aimerait tous vivre avec une certaine rectitude, n’est-ce pas ? Bien sûr, j’ai aussi en moi des parts laides, des parts qui trichent, et aujourd’hui encore je n’arrive pas à tout régler. Mais je voudrais qu’en devenant un homme mûr, je puisse tout englober, tout porter. Il y a quelque chose que je veux mettre dans ces figures d’hommes plus âgés. Comme si je leur lançais : “Quand j’aurai dépassé la quarantaine, moi aussi, je voudrais être ainsi.”

E :
Cela me touche profondément.

S :
Je n’idéalise pas les vieux hommes, bien sûr. Mais sans vouloir tomber dans la nostalgie, le Japon de l’ère Shōwa est quand même en train de s’effondrer de toutes parts. Quand nous étions enfants, nous croyions que le Japon était un pays puissant, peuplé de grands adultes qui le soutenaient et qui, par là même, nous soutenaient aussi. Mais au moment même où nous sommes devenus adultes, cette illusion s’est effondrée. C’est peut-être pour cela qu’au fond de nous demeure l’idée que, lorsque notre génération deviendra celle des hommes mûrs, nous voudrions être forts.

E :
Dans The Silver Case, je ressentais une intensité presque démoniaque, une réalité hors norme. Et maintenant je comprends qu’il y avait là quelque chose de réellement vécu.

S :
Oui. Je ne peux écrire qu’en laissant sortir les choses de mon propre corps. The Silver Case, je l’ai fait en le faisant passer presque à cent pour cent à travers ma propre chair, jusqu’à ce que cela devienne comme du sang.

E :
Moi, je rejoue à ce jeu sans arrêt. Même en le recommençant, je n’y comprends pas grand-chose, mais justement il n’y a plus vraiment de frontière entre comprendre et ne pas comprendre. Pourtant, j’y sens une forme d’espoir, ou une émotion tournée vers l’avant. Maintenant je comprends : ce n’était pas quelque chose à saisir avec la tête ; c’était plutôt comme si cette matière devenue votre sang venait aussi couler dans le mien.

S :
Cela me rend vraiment heureux.

E :
Je comprends… C’est bouleversant.

S :
Quand quelqu’un me dit qu’il a été touché ainsi, je me dis vraiment que cela valait la peine de faire ce jeu. Cela me rend heureux.

E :
Ce jeu est d’une densité incroyable.

S :
Je pense qu’un objet avec cette tension-là n’a pu être fait qu’à cette époque. Aujourd’hui je crée d’autres choses. Mais je suis vraiment heureux d’avoir pu faire cela à ce moment-là.

E :
Je vois… Entendre que votre beau-père était policier, c’est quelque chose d’assez rare.

S :
Je ne crois pas en avoir beaucoup parlé ailleurs.

〈 Le sentiment de vide 〉

E :
Ensuite, dans killer7, on voit le Japon être détruit presque brusquement. Ce moment où tout s’effondre d’une manière presque sèche, cela me faisait ressentir un vide immense. D’où venait cette idée ?

S :
Dès le départ, dans killer7, il y avait une sorte d’obligation de représenter l’Amérique et le Japon.

E :
Une obligation ?

S :
Oui. C’était la première fois que nous créions un jeu en pensant à une diffusion internationale. killer7 devait être notre titre de début mondial, il fallait donc que le personnage principal soit étranger. Alors je me suis demandé ce que moi, Japonais, je pouvais créer si je prenais un personnage étranger comme protagoniste. J’ai pensé que je ne pourrais rien raconter de juste si le Japon n’y intervenait d’aucune manière. C’est ainsi que j’ai imaginé une histoire où “des sortes d’agents japonais vivant en Amérique relient politiquement le Japon et les États-Unis”. Comme il s’agissait évidemment d’un jeu d’action, un conflit devait naître. Mais plus que le conflit lui-même, je voulais transmettre en récit l’arrière-plan de ce qui se jouait. C’est pourquoi le monde que j’ai dessiné ne mettait pas tant l’accent sur la réalité du terrain des grandes luttes entre nations que sur les échanges entre les politiciens et les agents qui s’agitaient derrière. C’est cela que je voulais montrer. Et, de ce fait, les événements vraiment énormes arrivent souvent d’une façon très abrupte.

E :
Oui, ils surgissent de manière très brusque.

S :
Mais dans la réalité aussi, c’est souvent ainsi. Quand quelque chose se produit, quand par exemple nous-mêmes annonçons quelque chose, pour les gens extérieurs cela paraît sans doute soudain. Mais pour nous, qui y sommes impliqués, cela vient d’un long processus intérieur, de tout un enchaînement de travaux minutieux et discrets. Il y a un écart immense entre ces travaux individuels, précis, presque ternes, et les événements spectaculaires qui apparaissent ensuite à la surface. C’est cette réalité-là que je voulais décrire. Cela me semble être un point de vue juste sur le réel. Je ne voulais pas tout montrer de manière emphatique ; je voulais aussi défaire un peu la manière habituelle de raconter.

〈 Le décalage 〉

E :
Dans vos jeux, tout semble se trouver légèrement à côté de la définition ordinaire des choses. Le design, le scénario, tout s’assemble pour former des images inédites. Et même aujourd’hui, avec votre t-shirt, j’ai l’impression d’avoir été déplacé, décalé. Il y a chez vous quelque chose qui interdit qu’on ait l’impression d’avoir compris trop vite.

S :
Peut-être que, oui, moi aussi je décale les choses. Mais je ne sais pas… Peut-être que je ne veux tout simplement pas les rendre trop faciles à comprendre.

〈 David Lynch 〉

E :
J’ai entendu dire que vous aimez beaucoup David Lynch.

S :
Oui, bien sûr. J’adore Twin Peaks. Le jour où les vidéos sont sorties en location, j’ai fait le tour de tous les vidéoclubs autour de chez moi pour en trouver une copie. J’étais dans un état de fièvre. À cette époque, je crois que 80 % de ma tête était occupée par Twin Peaks et les 20 % restants par le catch.

E :
L’atmosphère de vos jeux ne ressemble pas directement à celle de Lynch, et pourtant il y a une sorte de résonance aiguë. J’aimerais savoir quel sentiment vous inspire David Lynch.

S :
Oui… Je l’aime, c’est certain. Mais je ne crois pas que Lynch soit simplement du cinéma. Pour moi, David Lynch est David Lynch. Sa manière de faire des œuvres, cette position qu’il tient, est extraordinaire. Le vieillissement n’entre pas en ligne de compte chez lui. Cette cohérence absolue, pour quelqu’un qui crée, c’est l’une des choses les plus attirantes. Donc, sur le plan de la volonté, de la vocation, je l’admire énormément. Et puis j’adore aussi le fait que ses œuvres soient chaque fois complètement embrouillées, ou cette manière un peu inconsciente, presque insensible, de réutiliser les mêmes motifs dans plusieurs films. J’aimerais moi aussi être aussi impitoyablement libre.

E :
Cela n’a rien à voir, mais j’imagine que ce serait fascinant de voir David Lynch discuter avec vous.

S :
J’aimerais le rencontrer au moins une fois avant de mourir.

〈 Ibaraki 〉

S :
En ce moment, Ibaraki m’intéresse beaucoup. C’est une sorte d’antre obscure du Kantō. Il s’y produit énormément de crimes de type meurtre monstrueux. Je me demandais pourquoi cela arrivait là. Mais il y a là-bas beaucoup de types de ma génération, ou un peu plus vieux, vraiment mal embouchés. Des types en monospace, vitres arrière teintées noires, jogging intégral, crane rasé… leur densité est étonnante. Et je crois que la probabilité qu’ils basculent dans le crime augmente fortement. Cela naît de distorsions dans les relations humaines, et j’ai l’impression que cela prend maintenant une forme nouvelle, concentrée à Ibaraki. Et puis ces formes se propagent, des imitations inconscientes se multiplient. Il y a actuellement beaucoup de cela à Ibaraki, et je me dis : “Ah, c’est fascinant.”

E :
Voilà un “fascinant” qui arrive à un endroit incroyable. C’est un sentiment vraiment inédit. Peut-être verra-t-on un jour apparaître Ibaraki dans l’un de vos jeux.

S :
Oui, du point de vue urbain, c’est l’endroit le plus brûlant du moment.

E :
Au fond, c’est bien vous qui êtes décalé.

S :
Je conduis souvent, je vais un peu partout, et même en roulant, tout cela me pénètre d’un coup. Comme si la sensibilité des gens s’infusait peu à peu en moi. C’est ainsi que je suis influencé. Parce que là, il y a du réel. C’est bien quelque chose produit par les êtres humains qui façonne la ville. Et j’ai envie d’intégrer cela correctement dans mon propre corps.

〈 Œuvre suivante 〉

E :
Vers quel genre d’œuvre vous dirigez-vous maintenant ?

S :
La prochaine est en fait une réaction contre killer7. Je travaille actuellement sur No More Heroes. J’ai souvent des réactions de ce genre.

E :
Oui, on le sent. Après la froideur de The Silver Case, vous partez vers Flower, Sun and Rain, qui semble presque appartenir au rêve.

S :
Oui, exactement. C’est l’inverse. Puis vient à nouveau killer7, avec son univers hard-boiled. Et là, cette fois, j’ai envie de décrire un monde totalement non sérieux. Le héros s’appelle Travis. C’est un assassin qui manie une arme ressemblant à un sabre laser. C’est un immense fan de Star Wars, un immense fan d’animation japonaise ; en somme, un pur-sang d’otaku.

E :
Un pur-sang d’otaku…

S :
Et, par un concours de circonstances, son talent de tueur s’éveille réellement. Son image de base, c’est Josh Barnett, le combattant.

E :
Je vois très bien.

S :
Il me semble que Barnett n’avait pas vraiment de base technique au départ, mais qu’à force de regarder des vidéos, de copier, de laisser sa passion grandir, il est devenu de plus en plus fort jusqu’à finir champion à l’UFC. Travis, c’est un peu sa version assassin. À force de regarder des films de yakuza ou des vidéos de tueurs, il finit réellement par devenir fort en action. Et un jour, il est nommé onzième dans un classement national. À partir de là, un agent lui dit : “Veux-tu tuer un à un les dix au-dessus de toi pour devenir numéro un ?” Il accepte. Et le jeu devient alors une histoire d’ascension. Il les élimine un à un. Cette fois, j’ai envie de représenter un monde complètement idiot, ouvert, absurde, qui sonne creux. Je crois que cela aura une sensation assez différente de ce que j’ai fait jusque-là.

E :
Et ce sera pour quand ?

S :
Je pense que cela sortira dans le courant de l’année.

E :
J’ai vraiment envie d’y jouer. En tout cas, cette interview me laisse une impression très positive, très portée vers l’avant. Pour moi, savoir qu’une personne qui crée avec une telle intensité travaille au cœur même d’un monde où les choses doivent aussi se vendre, c’est une forme d’espoir.

S :
Oui. Quand on fabrique quelque chose, on réfléchit beaucoup à la manière d’ajuster cela au business. Dans mon cas, comme j’ai aussi des employés, je me suis souvent dit que garder l’équilibre devait être difficile. Mais si on commence à trouver cela difficile, alors tout devient effectivement de plus en plus difficile. Alors il ne faut pas trop compliquer les choses. Et puis, comme je le disais tout à l’heure, il ne faut pas vaciller dans la confiance qu’on accorde à l’expression. Continuer d’attendre cela sans jamais trembler, j’ai l’impression que c’est ce qui produit finalement les résultats. Au fond, il faut simplement continuer. Si je continue, alors nous pouvons nous rencontrer aujourd’hui, et l’entreprise existe. Après, est-ce que cela fleurira commercialement, c’est encore une autre question. Mais j’ai quand même le sentiment que cela finira par éclore. Sans aucun doute.

E :
En tout cas, cela m’est arrivé avec certitude.

S :
Quand on pousse ce type de sensibilité jusqu’au bout, il en sort quelque chose que personne dans le monde n’aurait imaginé. Moi, j’appelle cela une invention. Ce dont le monde a besoin, c’est de l’invention. Et je ne crois pas que ceux qui portent cela aient le droit de disparaître.

E :
Je me permets de recevoir cela en héritage.

S :
Non, ce n’est pas “se permettre”. Ce n’est pas un geste unilatéral.

E :
Il y a beaucoup de gens qui brillent comme des étoiles, et pourtant je crois qu’on hérite toujours d’eux d’une certaine façon.

S :
Surtout quand on est jeune et qu’on crée, on souffre souvent de problèmes très complexes. Mais même si l’on réfléchit jusqu’au bout, produire quelque chose mène forcément quelque part. Ce qu’on a créé finit toujours par rejoindre quelque chose, même si cela connaît un sort malheureux. Par exemple, il m’arrive de travailler sur des œuvres tirées d’animés. Et là, les résultats peuvent être très malheureux. Les fans de l’anime original n’ont souvent aucun intérêt pour le jeu, et les joueurs, eux, ne s’intéressent pas forcément aux œuvres dérivées d’un anime. Alors ce jeu-là n’a plus de place nulle part. Il existe beaucoup de jeux sans lieu. Et même quand nous les fabriquons, nous nous en rendons compte à un moment donné. Ce sont pourtant aussi nos enfants, et on se dit : “Ce jeu est vraiment pitoyable.” Mais malgré cela, il ne faut pas vaciller. Il faut le croire. Car peut-être qu’un seul fan de l’œuvre originale achètera le jeu par hasard, et que, sous son influence, il se mettra un jour à faire des jeux, ou à créer quelque chose. Et alors, un jour, on pourra le rencontrer. Et même si ce n’était qu’une seule personne, si cette seule personne a ressenti quelque chose grâce à ce jeu, alors cela suffit. C’est ce que j’ai fini par comprendre. C’est pour cela aussi que continuer à créer ne ment pas. J’en ai la conviction.

E :
Merci beaucoup pour cet échange.

6 septembre 2007

Беседа с SUDA51

В мире существует лишь несколько коллективов, чьё творчество в области видеоигр отличается поистине аномальной степенью креативности. Одним из них, без всякого сомнения, является Grasshopper Manufacture. Его основатель, Goichi Suda, стремится к созданию подлинно выдающихся компьютерных игр; однако рождающиеся в этом стремлении произведения наполнены чем-то трудноописуемым — тревожной странностью, почти невыносимым ощущением ужаса, неожиданным покоем, а также тонким, едва уловимым юмором с оттенком отрешённости, постоянно пронизывающим повествование. Всё это вместе создаёт атмосферу глубокой неустойчивости. И всё же именно в этих работах открывается нечто сущностное — та грань художественного опыта, которая возможна исключительно в форме видеоигры. Их произведения для домашних игровых консолей никогда не были просто развлечением; напротив, они предстают как нечто опасное, острое, насыщенное внутренней глубиной и требующее серьёзного отношения. В одном слове их иногда называют «безумными», и в этом определении есть своя доля истины. Утверждение о том, что перед нами — одна из наиболее мощных современных художественных форм, не лишено оснований. Вероятно, Grasshopper намеренно внедряет аномальное в повседневность, действуя при этом внутри логики капиталистической системы. Видеоигра, как медиум, объединяющий звук, свет, повествование и участие игрока, обладает способностью создавать особую форму видения — почти галлюцинаторный, медитативный иной мир, в который она вовлекает с непреодолимой силой. Такие произведения, как Twilight Syndrome, Moonlight Syndrome и The Silver Case, появившиеся в 1990-е годы, оказали на часть аудитории воздействие, сопоставимое с глубоким эстетическим потрясением, выходящим за пределы самой категории «игры». Возникал закономерный вопрос: «Можно ли вообще назвать это игрой?» Игрок переживал опыт столь необычный, что казалось, будто в мире происходит некое радикальное разрушение — и в то же время каждый в глубине уже знал, почему это разрушение необходимо. В этом смысле можно провести параллель с моментом начала трансляции Neon Genesis Evangelion. Различие заключается лишь в том, что, в отличие от анимации и манги, чья художественная ценность сегодня признана, история видеоигр до сих пор часто воспринимается как нечто вторичное, как простое средство времяпрепровождения. Однако, если вспомнить, что и анимация, и манга когда-то страдали от подобного недооценивания, становится очевидно: подобные предубеждения неизбежно утратят силу. Более того, возможно, именно в период подобного недоверия и рождаются наиболее радикальные и выдающиеся произведения. Долгое время Grasshopper существовала как своего рода легенда, передаваемая среди узкого круга преданных поклонников; однако внутри самой индустрии её работы пользовались чрезвычайно высоким признанием, и благодаря поддержке энтузиастов-компаньонов компания продолжала создавать произведения, поражающие своей дерзкой странностью. К десятилетию своего существования, в 2008 году, такие проекты, как Killer7 и No More Heroes, достигли значительного успеха, прежде всего за рубежом, вызвав стремительный рост числа преданных поклонников. Хотя традиционно именно западная индустрия считается родиной наиболее провокационных и радикальных игр, произведения Суды не имеют с ними прямого сходства — напротив, они выделяются своей уникальной, почти инородной странностью. За десятилетие, в течение которого появлялись эти работы, родилась серия произведений, которые могли возникнуть лишь в Японии — с их особым чувством инаковости и трудноуловимой эстетикой чуждости. В рамках этой беседы Goichi Suda делится своими размышлениями о множестве аспектов этого творческого пути.

S: Гои Суда
E: Экусада Таганави

〈 Появление г-на Суды 〉

E:
Спасибо, что согласились дать интервью сегодня. Прежде всего, я просто потрясен вашей рубашкой.

S:
Я только сегодня ее надел.

E:
Появиться в футболке с изображением Карта Кобана… Это превзошло все мои ожидания.

S:
Если расслабиться, то вместе с Картом вылезет и живот.

E:
Я с самого начала, со времен «Moonlight Syndrome», играл в эту игру, испытывая сильный шок, но, так как я никогда не видел ни самого разработчика, ни интервью с ним, я все время общался с ним только через его произведения, через игры, которые он создавал. Я строил самые разные догадки как о его внешности, так и о его вкусах, но, судя по впечатлениям от игр, я никак не мог представить, что он появится в футболке с Картом Кобейном. Однако, когда он так и появился, я, как бы это сказать, очень убедился в этом.

S:
Да?

E:
Вы любите Курта Кобейна?

S:
Нормально люблю.

E:
Нормально любите…

S:
Я был в шоке, когда он умер. Я как раз тогда работал над игрой «Fire Pro Wrestling».

E:
«Fire Pro Wrestling»?

S:
В том сюжете главный герой тоже умирает, но из-за того, что он покончил с собой из охотничьего ружья, мы подверглись жестокой критике со стороны фанатов «Fire Pro» и сразу же стали мишенью для нападок в сети.

E:
В те времена, когда интернет еще не был так популярен.

S:
Да, верно. Ну, что касается музыки, то я люблю гранж, и, если говорить точнее, то мне нравится британский пост-панк. Я всегда слушал музыку, которая появилась после панка, и это моя основная стилевая ориентация.

E:
Ого, я слышал от друзей о британском панке, но у меня не было представления, что это привело к появлению Курта Кобейна, так что я удивлен.

S:
Я не особо слушал американскую музыку, но когда появился гранж, он был просто крут.

E:
Просто так (смеется)

S:
Звук гитары и так далее, да и Nirvana тоже, но продюсерская работа Альбини была просто отличной, и я всегда следил за этим.

E:
Я тоже недавно, хотя и раньше любил музыку Курта Кобейна, снова стал часто её слушать, именно её я слушал примерно последнюю неделю. Совсем случайно, не задумываясь, я посмотрел на YouTube, что бы я подумал, увидев Курта Кобейна и Nirvana сейчас, и был удивлён, что он носил это так самоуверенно (смеется)

S:
Я люблю Hysteric Glamour, и как раз с этого года у них идет специальная серия, посвященная Курту Коберну. Так что я скупаю все подряд.

E:
(Смеется) Прошло же некоторое время с тех пор, как он был на пике популярности. И почему-то я тоже вспомнил, что хочу снова увидеть Курта Коберна.

S:
Такие циклы бывают.

E:
У меня тоже появилось ощущение, что наступил какой-то цикл. Я тоже. Во-первых, я был удивлен этим. Это круто.

〈 Взгляд на город 〉

E:
Первое, о чём я хотел спросить у Суда-сана, — это его взгляд на город. В играх Суда-сана город появляется даже в очень поверхностном смысле. Это ощущение Токио, или, скорее, ощущение города, — такое, которого я раньше не видел, ни в реальных съёмках, ни в манге, с каким-то ощущением пустоты, с особыми звуками и образами. Первое, что меня заинтересовало, — это вопрос: откуда родом Суда-сан? Поскольку этот пейзаж очень ярко выражен, мне было интересно, откуда он взялся.

S:
Я из Нагано. В 7 или 8 лет, нет, может, даже раньше, лет в 6, я однажды побывал в Чибе.

E:
В Чибе? Это тоже довольно колоритный регион.

S:
Хотя это и не Токио, но тот год оказал на меня огромное влияние. Там было 5 каналов частного телевидения. В то время в Нагано было всего два канала, и туда поступало лишь две пятых информации, поступающей в Токио, так что она была очень скудной. За тот год она увеличилась более чем вдвое… Я стал любить телевидение до безумия. Меня иногда брали с собой в Токио. Пейзажи, которые я видел тогда, действительно напоминали атмосферу города будущего. Это было ощущение «Метрополиса» из манги Осимусу Тезуки, и такие образы города будущего эпохи Сёва засели у меня в голове.
Потом, когда я закончил школу и приехал в Токио, у меня появилось ощущение, что я пытаюсь преодолеть разрыв между тем, каким я представлял себе Токио, и тем, каким он был на самом деле. Как бы это сказать… В своих работах я хочу изобразить нечто вроде «поиска своего места». Это не друзья, не любимое заведение, где можно побывать, — это отсутствие привязанности к миру. Мне нравится это ощущение отсутствия привязанности.

E:
Мне это тоже нравится.

S:
Где-то в глубине души я понимаю это. То, что я не могу никуда приписаться. В молодости, в своей мере, я не то чтобы сопротивлялся, но реагировал слишком бурно, не так ли? Я как-то неосознанно изображал это в образах города. Я часто рисовал преступников, но почему они совершают преступления именно в городе? Когда я погружался в этот мир, я начинал с поиска места, с вопроса, где же находится их пристанище, и на этой основе изображал город. Поэтому я не столько описывал сами действия преступников, сколько создавал истории, размышляя о том, почему они оказались в такой ситуации и о чем думали в городе.
Поэтому в моем понимании образ города занимает важное место.

E:
Сейчас, слушая это, я невольно испытал лёгкое внутреннее потрясение: то, что отправной точкой была именно Chiba Prefecture, кажется мне чрезвычайно значимым. Это не самый центр Tokyo, а скорее взгляд с периферии, с окраины — и потому Токио предстаёт как нечто напоминающее руины, словно некий археологический остаток. Это позиция, позволяющая охватить город в целом, но при этом стоять в месте, лишённом подлинного чувства принадлежности. Мне кажется, именно это состояние — пребывание в лёгком смещении, в отсутствии укоренённости — и рождает то особое ощущение, которое я всегда испытывал, играя в работы господина Суды: тонкое чувство отстранённости, атмосферу, не дающую покоя и не стремящуюся утешить. Она вызывает глубокую тревогу, оставляя после себя трудноуловимое, но настойчивое ощущение внутреннего беспокойства.

S:
Да, я думаю, это создает напряжение в отношениях с игроком.

E:
Напряжение действительно присутствует.

S:
Я никогда не изучал сценарий традиционным способом и не собираюсь этого делать. Я считаю, что рассказывание историй — это битва диалогов. Я составляю сценарий, думая о том, что думает игрок. И когда я понимаю, что игрок сейчас думает об этом, я иногда специально разрушаю эту напряженность — в том числе и для того, чтобы он почувствовал себя комфортно.

E:
Я испытывал очень неприятное чувство беспокойства, но в то же время оно становилось приятным, и я не мог понять, делаете ли вы это специально или это происходит естественно, и думал: «Кем же на самом деле является этот человек?», но, судя по тому, что вы сейчас рассказываете, это вполне намеренно.

S:
Нет, я думаю, и то, и другое.

E:
И то, и другое.

S:
Есть вещи, которые я не могу контролировать. Бывает, что персонаж как будто сам по себе начинает бежать. Я ничего не могу сделать, просто наблюдаю за тем, как он рисуется. Но я рад, что вы это так воспринимаете. Это очень трогательно.

E:
У меня есть несколько друзей, которые с самого начала очень активно реагировали на игру, и, как оказалось, они сами занимаются творчеством. Мне кажется, что игра особенно сильно резонирует с такими людьми.

S:
Даже в самой игровой индустрии меня очень поддерживают и помогают именно те, кто сам что-то создает.

〈 Рынок 〉

E:
Когда я играю в ваши игры, мне кажется, что игры, которые создаете вы, Суда-сан, выходят за рамки просто работы, за рамки заработка. Я занимаюсь рисованием и музыкой, но я чувствую силу творчества на уровне, превосходящем эти жанры, и мне хотелось бы немного узнать, почему это так.

S:
В конце концов, игры — это промышленные продукты, не так ли? Поэтому, конечно, это должно быть бизнесом, но в глубине души я часто задумываюсь: зачем я вообще создаю видеоигры?

E:
Да, я так и думал.

S:
В конце концов, я же хочу, чтобы в них играло как можно больше людей.
Такие игры, как «Тетрис» или «Спангер», были созданы не для того, чтобы зарабатывать деньги. Они начались с желания, чтобы как можно больше людей познакомились с этим новым изобретением. Поэтому то, что я создаю, не должно приносить высокую прибыль в рамках существующего рынка и его коммерческой привлекательности. Просто если я не создам то, в что сможет играть много людей, то, прежде чем говорить о коммерческом успехе, сама видеоигра станет чем-то ущербным. Я хочу, чтобы то, что я создаю, было изобретением. Насколько это возможно.

E:
Изобретение

S:
Поэтому, в первую очередь, важно просто делать то, о чем никто не думает. Если, конечно, представится такая возможность. Если издатель или клиент скажет, что это не подойдет, придется придумывать что-то другое. К счастью, в нашем случае нам часто дают свободу в выборе темы и просят «создать что-то новое», поэтому я стараюсь создавать игры, руководствуясь исключительно первоначальным импульсом. Думаю, именно поэтому в них чувствуется этот дух. В конце концов, это всего лишь игра, но я хочу, чтобы она могла соперничать со всем, что называется искусством: живописью, печатным словом, кино и так далее.

E:
Да, действительно.

S:
Когда у меня появляется возможность создать такую свободную игру, я каждый раз с огромным упорством разрабатываю концепцию.

〈 Игра как заявление 〉

E:
Я играю в игры с начальной школы, я действительно люблю игры и считаю, что прошел множество игр, но игры Суда-сана явно излучают иную атмосферу, и сначала я был действительно озадачен.

S:
Да, верно. Даже я сам думаю, что создавал довольно странные вещи.

E:
Когда я впервые сыграл в «Moonlight Syndrome», я оказался в состоянии полной растерянности, не понимая, что происходит, и подумал: «Разве такое можно выпускать?». Но именно тогда я понял, что «этот человек начинает делать в современном мире что-то совершенно невероятное», или, скорее, что «оказалось, есть человек, который это сделал».

S:
Меня же ругали. Даже начальник меня сильно ругал.

E:
Конечно, ругали.

S:
«Что ты себе позволяешь?». Как раз тогда произошло дело «Сакекибара». Было довольно много самоцензурированных выражений, хотя до этого все было довольно жестоким. Но и то, что вышло после, произвело свой эффект, и мне говорили: «Что ты вообще пытаешься создать?».

E:
Куда он собирается двигаться, для кого это предназначено. И беспокойство: «А нормально ли ему так поступать?». Все это стало мощной пищей для размышлений, и я почувствовал, что это загадка, с которой я не смогу справиться в одиночку, но интуитивно понял, что в будущем этим будут заниматься многие.

S:
Та игра — это своего рода манифест. Еще до этого, в «Fire Pro Wrestling», я создавал свой собственный сценарий и намеревался заявить, что это не симулятор мира рестлинга, а рассказ истории. В общем, я почувствовал, что не должен откладывать то, что хочу делать, на потом, а должен как можно скорее заявить о своих намерениях, как только войду в игровую индустрию, и «Moonlight Syndrome» — это не было заявлением о первоначальных намерениях, но я создавал его именно как манифест, чтобы показать, что я буду создавать игры, выходящие за рамки обычного. Я подумал, что, собираясь идти по «пути игр», нельзя создавать эту игру без должного энтузиазма. Что-то заставило меня так поступить. И в результате я создал ту игру, но именно благодаря ей я сейчас независим, создал эту компанию и набрал обороты. Она стала для меня своего рода отправной точкой. Я чувствую, что она сама подталкивает меня вперед.

〈 Образ пространства 〉

E:
Я играл в игры с детства, поэтому в музыке и на экране я чувствую нечто необычное, отличное от реального пространства — образ пространства, который передает игра.

S:
Игровой экран, или, скорее, тот мир, который отображается на экране телевизора, обладает чем-то ошеломляющим. Я чувствую там невероятное мерцание пикселей. Сейчас его пытается заменить мир компьютерной графики, но я все же думаю, что в мире, состоящем из одного пикселя, могут рождаться вещи, которые гораздо удивительнее. Сам пиксель обладает выразительной силой. В детстве у нас были такие видеоигры, как «Heian-kyo Alien» или «Elevator Action», но они все-таки немного странные.

E:
Да, странные.

S:
Это был очень хаотичный мир. Очень искаженный мир, в котором можно было жить только так. Но, с другой стороны, это свидетельствовало о богатстве воображения. Это была эпоха, когда создатели игр могли делать все, что угодно, и мне кажется, что эта привлекательность, возможно, сейчас уже уходит.

E:
Мне тоже так кажется.

S:
В этом есть и упрямство, но в сущности я хочу сказать, что по отношению к видеоиграм, которые стали для меня вторым родом, я думаю: «Я тоже хочу создавать такие же».

E:
Мне кажется, что слова «блеск пикселей» вызвали у меня яркие образы. Хотя это трудно объяснить словами, но можно ли назвать это блеском, выходящим за рамки простого поверхностного визуального эффекта? Возникает ощущение чего-то необыкновенного.

〈 Западные игры 〉

E:
Суда-сан, вы тоже любите западные игры?

S:
Да, верно. Среди игр, оказавших на меня влияние, было много западных. Особенно мне нравятся «The Outer Worlds» и его продолжение «Flashback», которые считаются шедеврами и были созданы французским разработчиком Эриком Чаем. Я узнал о «The Outer Worlds» сразу после того, как пришёл в игровую индустрию, и тогда понял: «В играх можно выражать себя». Вы поймёте, если попробуете, — это полноценный экшен, но он переносит вас в потрясающий мир.

E:
Потрясающий мир (смех)

S:
Я осознал, что «в мире есть люди, которые создают такие игры», и, став их коллегой и оказавшись в той же ситуации, я решил: «Я превзойду Эрика Чая». Именно это стало поводом для того, чтобы я начал внимательно следить за западными играми. Кроме того, технологии за рубежом значительно продвинулись, и разрыв с Японией начинает увеличиваться, поэтому, как профессионал в этой отрасли, я часто изучаю их технологии. Благодаря этому у меня стало больше возможностей играть в западные игры.

E:
В последнее время я играю в «Half-Life 2», и это просто нечто невероятное.

S:
Способ прохождения этой игры действительно потрясающий.

E:
Мне казалось, что с тех пор, как технологии постепенно развивались, точность повышалась, а вычисления пространства становились все сложнее, те яркие, символические экраны эпохи старого Famicom или «Спасателей» — с их яркими цветами пикселей, которые как бы проецировались на подсознание — постепенно исчезали. Но когда я играл в «Half-Life 2», у меня появилось предчувствие, что, возможно, появятся новые визуальные эффекты, способные свести с ума, которые будут отличаться от привычного восприятия экрана.

S:
Это что-то вроде нового устройства. Такое ощущение действительно есть.

〈 Разнообразие, иерархия 〉

E:
Я бы хотел вернуться к разговору об играх. Раньше речь шла о «чувстве тревоги», но в играх Суды есть тексты и цвета, которые, казалось бы, не имеют прямого отношения к сюжету. Как рождаются такие идеи?

S:
Я хочу создать иерархию.

E:
Создать иерархию…

S:
Игра, в принципе, состоит из четырех компонентов: концепции, программирования, графики и звука. Из них я занимаюсь концепцией, но у концепции нет конечного продукта. Большая часть конечного продукта — это графические материалы, но программисты их модифицируют, программируют и проецируют в игру, не так ли? По сравнению с этим, концепция, по сути, ничего не рождает. Однако даже в концепции это можно восполнить словами, и единственным моим оружием были именно слова. Если подумать, что я могу сделать со своим сценарием, то единственное, что я могу, — это заставить людей читать текст. Но если, например, заменить его графикой, а программист добавит к этому программированные линии, то получается очень красивый дизайн. Показывая это на нескольких уровнях, я могу придать словам, которые я создал, иные оттенки значения. Если показать картинку, отличную от текста, то даже если между ними нет никаких общих черт, возникает связь. К этому добавляется звук, и через программу начинает течь непонятный текст.

E:
Течет, да.

S:
Когда появляются такие слова, возникает некая связь, или, скорее, появляются уровни. Мне кажется, что в играх можно реализовать выражение через несколько уровней. В этом плане я немного подвержен влиянию Годара.

E:
Ого

S:
В фильме Годара «Новая волна», когда двое разговаривают, внезапно на черном фоне появляются только слова, и это порождает совершенно иной смысл. А потом вступает монолог на французском, который не имеет отношения к разговору этих двоих. То есть, если в кино можно создать мир с двумя или тремя уровнями в одной сцене, то я уверен, что в играх это тоже возможно.

E:
Понятно

S:
Я считаю такие приемы действительно потрясающими. Поэтому я хочу развить этот подход до трех, четырёх, пяти уровней. Это уже стало делом всей моей жизни. В игре я хочу не просто рассказывать об одном предмете, а создать нечто очень разнообразное, в котором пролегают множество линий. В конечном итоге я хочу создать нечто, что можно назвать «неуловимой информацией».

E:
Я такого еще не видел. Действительно, возникает ощущение, что мозг как будто перемешивается под воздействием информации, которую невозможно уловить.

S:
Я хочу, чтобы это вышло из-под моего контроля. Допустим, я создал инструмент для автоматического составления слов. Он выбирает слова из текста, отбирает связанные между собой и самостоятельно комбинирует их с помощью ИИ. В таком случае это уже выходит за пределы моего контроля. В некоторых играх с действительно мощным ИИ сюжет создается самостоятельно. В таком разнообразии, или, скорее, в таком расширении границ, есть что-то пугающее, не так ли?

E:
Действительно, это становится пугающим. Но то, о чём вы только что рассказали, было для меня настоящим шоком. Оказывается, в тот дизайн было вложено столько глубоких мыслей.

〈 Холодный образ 〉

S:
Я не из тех, кто любит размышлять над логикой, но в то время у нас было всего 4–5 сотрудников, и людей, которые могли бы рисовать графику, почти не было. Поэтому, если бы мы не поручили программистам заниматься дизайном, нам не хватило бы информации. Идея родилась именно из такой ситуации, но впоследствии мы продолжали работать в том же духе, и мне все-таки нравится дизайн, созданный программистами.

E:
Действительно, чувствуется холодный образ.

S:
Программисты очень не любят, когда что-то не поддается логике, они как математики. Дизайн, который они создают, холодный и очень привлекательный.

E:
Мне кажется, что эта холодность каким-то образом очень тесно связана с игровым пространством.

〈 Рестлинг 〉

E:
Я очень хотел бы услышать от вас, Суда-сан, ваши мысли о рестлинге.

S:
Да. Я очень любил рестлинг. Еще со времен Тайгер Маска я был полностью поглощен рестлингом и думал о нем 24 часа в сутки.

E:
Это с детства?

S:
Да. С 4-го или 5-го класса начальной школы, когда Тайгер Маск дебютировал в Курамаэ-Куникikan.

С тех пор я всегда любил рестлинг, а поскольку в то время информация была доступна только в книгах, я перечитывал все, что попадалось, например, журнал «Геккан Прорес».

E:
Что именно вам так нравится в рестлинге?

S:
Это просто не поддается описанию. Движения Тайгер Маска были просто потрясающими. Он был самым крутым в мире.

E:
Тогда вы были еще и геймером, верно?

S:
Да, я был геймером. А еще я был фанатом аниме.

E:
Кажется, мир бодибилдинга находится в полной противоположности всему этому.

S:
Да, верно. Я считаю, что рестлинг — это настоящая сокровищница персонажей. Меня также привлекала красота приемов. По мере просмотра у меня появились конкретные любимые приемы, типа «такой-то прием у такого-то». Кроме того, в то время New Japan Pro-Wrestling иногда отправлялся в зарубежные турне, рестлеры из-за границы приезжали в Японию, а в Японии транслировали матчи, проходящие за рубежом. Например: «Из нью-йоркского Мэдисон-сквер-гарден приезжает новый рестлер» или «Иноки терпит поражение в Штутгарте, Германия. Трагедия в Штутгарте». Благодаря рестлингу я увидел мир.

E:
Через рестлинг открывался мир…

S:
Рестлинг проводился в африканских странах, Таиланде, Пуэрто-Рико, Мексике, и в то время рестлинг был единственной вещью, которая напрямую связывала меня с миром. Мне кажется, что именно рестлинг научил меня тому, что «мир действительно существует».

E:
И это тоже было то, что показывали по телевизору, верно?

S:
Да. Все из телевизора.

E:
Ваше воображение все больше разрасталось благодаря телевизору и журналам. И поэтому первым, что вы начали создавать, была игра про рестлинг.

S:
В мире игр — да.

〈 Футбол 〉

E:
В играх Суды-сана ведь тоже поднимаются темы, связанные с футболом. Вы сейчас смотрите футбол?

S:
Да, смотрю. Вообще-то я приобщился к футболу через музыку. Мне нравится британская музыка, особенно The Smiths, а они родом из Манчестера. А когда речь заходит о Манчестере, то сразу вспоминается «Манчестер Юнайтед», верно?

E:
Верно. То есть вы приобщились к футболу через музыку Манчестера.

S:
Именно так. Случайно по телевизору я увидел матч «Манчестер Юнайтед», где Эрик Кантоу продемонстрировал свой «кунг-фу-кик», и его манера поведения совсем не была похожа на поведение футболиста. Он был словно рок-звезда. Я подумал: «Как же это круто!». А потом появились такие суперзвезды, как Бекхэм и Гиггз. Бекхэм, например, вовсе не просто футболист. Они такие классные парни, и, как в рестлинге, у них есть свои фирменные приемы, такие как «Эрли Кросс». Я подумал: «Какой понятный мир!». В моей голове футбол и рестлинг прочно соединились.

E:
Действительно, это понятно. Я тоже подумал, что люблю и футбол, и рестлинг. Это как бы ослепительный мир.

S:
Ослепительный мир (смеется). Земля Южного моря. Культура иноверцев, можно сказать. Это оказало на меня огромное влияние. Как будто проникает в самую душу. Постепенно. «Круто», — думаю я.

〈 Пати-моно 〉

E:
В играх о рестлинге от Суды есть моменты, когда название слегка вызывает смех. Кто их придумывает?

S:
Все, что появилось в моей серии, — это я.

E:
Эти шутки мне очень нравятся.

S:
Я думал над этим около трех дней.

E:
То, что в эту серьезную или пустую атмосферу вкрапляется действительно бессмысленный юмор, это как-то…

S:
Да, верно. Такие моменты, от которых действительно хочется откинуться назад. Там много таких беспечных персонажей. Можно сказать, это «забавность подделки» или «забавность пати-моно».

〈 Пожилой мужчина 〉

E:
В «Деле Сильвера» и последующем «Killer 7» я чувствую нечто вроде «усилий пожилого человека», но какое у вас представление о «старости»?

S:
Да, верно. Я думаю, что в изображении пожилых людей сильнее всего проявляется проекция образа «таким я хочу быть». Я вырос без отца, поэтому у меня почти нет образа отца, но отец моей жены был полицейским. Это был очень честный человек. Решимость мужчины, который служит в полиции во имя справедливости, — это нечто невероятное. У меня остался сильный образ его спины, и я думал: «Я хочу стать честным взрослым человеком». Ведь каждый человек хочет быть честным, насколько это возможно. И сейчас у меня есть слабость: я хочу когда-нибудь расплатиться со своими уродливыми сторонами и тем, что я скрываю, но понимаю, что так жить не получится. Но я хочу стать мужчиной, который сможет принять все это, когда станет пожилым. Я хочу воплотить что-то в этом пожилом человеке. Мне кажется, что я как бы бросаю вызов самому себе: «Когда мне перевалит за сорок, я хочу быть таким же, как он».

E:
Я был очень тронут.

S:
Я не идеализирую образ «пожилого мужчины». Просто, хотя я и не хочу говорить о ностальгии, но ведь то, что представляло собой Япония эпохи Сёва, в наше время постепенно рушится, не так ли? Я думаю, что в детстве мы верили: «Япония — очень сильная страна, в ней много могущественных взрослых, которые поддерживают страну и, соответственно, поддерживают нас». Но в тот момент, когда мы стали взрослыми, эта иллюзия разлетелась в прах. Именно поэтому где-то в глубине души у нас есть желание оставаться сильными, когда наше поколение станет «стариками».

E:
Я чувствовал ту леденящую атмосферу в «Деле Сильвера» и какую-то неимоверную реальность, но оказывается, там действительно были реальные события.

S:
Да. Потому что некоторые вещи можно изобразить только так, как будто они выходят из моего собственного тела, и в «Деле Сильвера» я прошел через это почти на 100 процентов, так что это стало частью моей крови.

E:
Я постоянно переигрываю эту игру. Даже когда переигрываю, я, конечно, не понимаю смысла. Но кажется, что границы между тем, что я понимаю, и тем, что не понимаю, практически нет. Почему-то я чувствую оттуда какую-то непонятную надежду или позитивные эмоции. А, понятно. Это не то, что понимаешь головой, а скорее ощущение, будто то, что стало частью его плоти и крови, стало частью и моей крови.

S:
Мне очень приятно.

E:
Понятно. Я был тронут.

S:
Мне тоже очень приятно, что игра тронула вас таким образом. Я действительно рад, что создал ее.

E:
Эта игра действительно очень насыщенная.

S:
Думаю, что такую напряженность удалось создать именно потому, что это было тогда. Сейчас я создаю совсем другие вещи, поэтому я действительно рад, что смог создать это в ту эпоху.

E:
Понятно, понятно. Хм. Потрясающе. О том, что отец был полицейским, действительно не часто слышишь.

S:
Возможно, я об этом почти нигде не рассказывал.

〈 Ощущение пустоты 〉

E:
Да, ну а после этого в «Killer 7» Япония была разрушена, да? То есть, она просто так легко погибла, и я почувствовал сильное ощущение пустоты в этой части. Откуда взялись такие идеи?

S:
В «Killer 7» изображение Америки и Японии было в некотором смысле обязательным условием с самого начала.

E:
Обязательно?

S:
Это был первый раз, когда мы создавали игру с прицелом на зарубежные рынки. «Killer 7» был нашим дебютом на мировом рынке, поэтому главный герой должен был быть иностранцем. И тогда я подумал: если я сам японец, но создаю игру с иностранцем в главной роли, то что же я смогу создать? Я пришел к выводу, что без какой-то связи с Японией это просто невозможно.

И тогда я решил создать историю о том, что «в Америке есть люди, похожие на японских агентов, и они связывают политику Японии и США». Конечно, поскольку это экшен-игра, там неизбежно появляются сражения, но я решил, что важнее, чем сами сражения, — это правильно передать их предысторию в повествовании. Поэтому мир, который я нарисовал
, — это не столько реалистичность самой сцены сражения между большими странами, сколько взаимодействие с так называемыми политиками и агентами, которые действуют за кулисами; я хотел именно это изобразить. Поэтому, когда на самом деле происходит что-то грандиозное, это выглядит довольно неожиданно.

E:
Это происходит неожиданно, да.

S:
В реальности почти всегда так. Когда что-то происходит, например, когда мы, как участники, делаем какое-то заявление, для людей вокруг это, наверное, выглядит неожиданно. Но для нас, непосредственно вовлеченных в процесс, это результат длительной подготовки и внутренних процессов, которые привели к этому заявлению. Я думаю, что между отдельными скромными и кропотливыми задачами и тем, что на самом деле происходит, существует огромный разрыв. Я хочу изобразить именно эту реальность. Мне кажется, что это довольно реалистичная точка зрения. Я не хотел показывать все в преувеличенном свете, а просто хотел немного изменить подход к повествованию.

〈 Сдвиг 〉

E:
В играх Суды дизайна и сценария сочетаются так, что создают совершенно новые образы, поэтому мне кажется, что там есть многое, что отклоняется от «обычного представления о том, как это должно быть». Даже сегодняшняя футболка, мне кажется, уже смещена. Она очень сильно вызывает ощущение «я как будто понял».

S:
Возможно, я сам тоже смещаю, но как вы думаете? Может быть, я не делаю это понятным?

〈 Дэвид Линч 〉

E:
Я слышал, что Суда-сан очень любит Дэвида Линча.

S:
Да, верно. Я просто обожаю «Твин Пикс». В день, когда начался прокат, я оббегал все видеопрокаты по округе, пока наконец не нашел его. Настолько я был увлечен. В то время 80 процентов моих мыслей занимал «Твин Пикс», а остальные 20 — рестлинг.

E:
Атмосфера игр Суда-сана отличается от атмосферы Дэвида Линча, но в них есть что-то, что вызывает схожее ощущение. Поэтому я хотел бы спросить, какое отношение вы испытываете к Дэвиду Линчу.

S:
Да, верно. Линч мне нравится, это точно. Но я считаю, что Линч — это не просто фильмы, а сам Дэвид Линч. Я восхищаюсь его подходом к творчеству. Это ведь не имеет отношения к возрасту. Такая последовательность, на мой взгляд, является самым привлекательным качеством для творца. Поэтому я очень люблю его за эту целеустремленность, а также за то, что его работы каждый раз такие хаотичные, и за ту небрежность, с которой он использует одни и те же мотивы в разных фильмах. Мне бы хотелось быть таким же небрежным.

E:
Это совсем не по теме, но было бы очень интересно, если бы Суда-сан и Линч поговорили друг с другом.

S:
Я бы хотел встретиться с Дэвидом Линчем до своей смерти.

〈 Ибараки 〉

S:
В последнее время мне нравится Ибараки. Ибараки — это, как бы сказать, такое место, похожее на логово зла в Канто. Там много преступлений, связанных с жестокими убийствами. Я думал: «Почему это происходит именно в Ибараки?», но там много плохих людей — дядек и людей моего поколения. Очень высок процент людей, которые ездят на фургонах с полностью затонированными стеклами, одеты в спортивные костюмы и с бритой головой. Я думаю, что вероятность того, что они прибегнут к преступлениям, значительно возрастает. Такое рождается из искажений в человеческих отношениях, и я думаю, что это принимает новую форму и концентрируется в Ибараки. И, так сказать, это приходит сюда, и все больше и больше возникает бессознательного подражания. Сейчас этого в Ибараки становится очень много, и я думаю: «Вау,
интересно».

E:
Появилось «интересно»? Это совершенно новое ощущение, да? Может быть, в очередной игре Суда-сана появятся элементы Ибараки?

S:
Да, верно. С точки зрения городской атмосферы это самое горячее место.

E:
Все-таки Суда-сан выделяется, да?

S:
Я довольно часто езжу на машине по разным местам, и даже когда просто еду, все это сразу же проникает в меня. Такое ощущение, что чужое восприятие постепенно проникает внутрь. Я черпаю вдохновение именно оттуда. Ведь в этом есть реальность, не так ли? И ведь город создается тем, что рождают люди. Мне хочется правильно воплотить это в себе.

〈 Следующая работа 〉

E:
А что вы планируете сделать в следующий раз?

S:
Следующая работа — это реакция на «Killer 7». Сейчас я работаю над «NO MORE HEROES». У меня довольно сильная реакция.

E:
Да, верно. От холодного ощущения «Дела Сильвера» к «Цветам, солнцу и дождю», где всё похоже на сон.

S:
Да, точно. Полная противоположность. А после этого был «Killer 7» — этот хардбоильный мир, и теперь я хочу нарисовать мир, в котором нет никакой серьезности. Главный герой — персонаж по имени Трэвис, он наемный убийца и владеет оружием, похожим на световой меч. Он большой фанат «Звездных войн» и японского аниме, в общем, он настоящий чистокровный отаку.

E:
Чистокровный отаку…

S:
И вот этот парень, как наемный убийца, довольно сильно раскрылся. Образ основан на бойце Джоше Барнетте.

E:
Понимаю.

S:
Барнетт, насколько я помню, не имел особого опыта в боевых искусствах, но практически самоучкой, смотря видео и подражая тому, что видел, он стал все сильнее и сильнее, в итоге став чемпионом UFC. Трэвис — это его версия в стиле наемного убийцы. Он смотрел фильмы о японских рыцарях чести и наемных убийцах, и в результате действительно стал сильным в боевых искусствах. И вот однажды его назначили на 11-е место в национальном рейтинге. С этого момента к нему приходит агент и предлагает: «Хочешь стать номером один, убивая по одному из топ-10?», и он соглашается. Дальше — это история о том, как он поднимается на вершину. Игра заключается в том, чтобы убивать их одного за другим. На этот раз я хотел изобразить некий абсурдный мир, в котором все немного выбивается из колеи. Мне кажется, что ощущения от него будут немного отличаться от прежних.

E:
Когда это выйдет?

S:
Думаю, в течение этого года.

E:
Обязательно хочу это сделать. Нет… сегодняшнее интервью произвело на меня очень позитивное впечатление. Каким-то образом. Чувствуется, что вы вложили в это огромную энергию. Для меня является надеждой то, что человек, создающий произведения в таком духе, работает в самом центре мира, где продукция продается с огромным успехом.

S:
Да, верно. Конечно, когда создаешь что-то, очень много думаешь о том, как совместить это с бизнесом, и в моем случае, когда у меня есть сотрудники, я думал, что найти баланс будет сложно, но если слишком сильно думаешь, что это сложно, то оно и становится сложным. Поэтому я не задумываюсь об этом слишком серьезно. И, как я уже говорил, нужно твердо верить в свое творчество. Мне кажется, что именно это неуклонное ожидание приносит результаты. В конце концов, главное — это продолжать, да? Именно потому, что мы продолжаем, мы и можем встретиться, и у нас есть компания. Хотя это не значит, что бизнес обязательно принесет плоды, но я чувствую, что он принесет. Без сомнения.

E:
Это точно дошло до людей.

S:
Если довести это ощущение до конца, я думаю, что в мире появятся вещи, о которых никто и не догадывается. Я считаю это изобретением. То, что нужно миру, — это изобретения. Я считаю, что такие люди не должны исчезать.

E:
Я просто возьму это на себя.

S:
Нет, это не просто так.

E:
Есть много людей, похожих на сияющие звезды, но я думаю, что мы действительно будем продолжать это дело по-своему.

S:
Я думаю, что особенно у молодых людей, занимающихся творчеством, бывает много сложных переживаний. Но даже если все тщательно обдумано, создание чего-либо обязательно приведет к чему-то. Я чувствую, что созданное обязательно приведет к чему-то, даже если оно переживет какие-то тяжелые испытания. Например, я иногда работаю над проектами по мотивам аниме, но в таких случаях часто бывают печальные результаты. Среди фанатов оригинального аниме много тех, кто не интересуется играми, а те, кто любит игры, зачастую не интересуются произведениями, основанными на аниме, и тогда у такой игры просто нет своего места. Таких игр, у которых нет своего места, довольно много, и мы сами начинаем понимать это еще в процессе работы. Поскольку это произведение, которое мы сами создали, нам становится жаль: «Эта игра действительно в плачевном положении», но я считаю, что нельзя колебаться в этом вопросе, и мы продолжаем верить в это и создавать игру. Вдруг фанат оригинального произведения случайно купит эту игру и когда-нибудь под ее влиянием начнет создавать свои собственные игры или вообще займется творчеством — тогда мы сможем встретиться, не так ли? И даже если это будет всего один человек, но если этот единственный человек почувствует что-то благодаря игре, то мне этого будет достаточно. И я чувствую, что продолжать создавать игры — значит не лгать.

E:
Спасибо за прекрасную историю.

6 сентября 2007 года

geniusloci abyss